ハコイリムスメ。
勢いあまって、とても教師に思えない言葉遣いのイチに、正面からぶつかった。

止まった。



イチは俺だと気付くと、

「なんだちとせか。ん?どうしたお前」

と言って、無駄に高い背を低くするように前かがみになって、俺の顔を覗きこもうとする。

「別に、どうもしねえよ!」

あわてて顔をそむけた。
でも、この巨人にはかなわない。

「どうもしねえって顔じゃねえだろ」

このやろ!と言いながら、俺の頬を両手で左右に引っ張る。

「いひぇえ!な、にすんだイヒ!ははせ!」
「俺はイヒじゃねえ。ははせ、って放せって言いたいのか?」

解放された顔を、両手で覆う。

「マジで痛てえ…信じらんねえこの教師」

睨みつけると満足したように笑う。

「まーお前はそれくらいがちょうどいいだろ。あんま深刻な面すんな、渡里も心配するぞ」
「…へいへい」


たまにシリアスにもの考えようとすれば、こうやって邪魔がはいる。





イチはへらへらと笑った。
そして、半ば叫ぶような声で言った。

 
「しかもお前、もうすぐ夏休みだろ?遊びまくればいいじゃねーか。来年は受験だぞ!遊べないんだぞ!」

耳元でやかましい。

俺は大袈裟な動作で耳を抑えると負けじと叫んだ。



「だーわーったわーった!そこどけよ俺髪切りに行くんだから!」
「おお、長すぎんだよ。切れ切れ」

イチはバンバン!と俺の肩を叩いて、それからわはははと笑いながら俺と逆の方向に廊下を進んで行った。




「わっけわかんねー…」

台風が去った後、俺は下駄箱に歩いた。




放課後の、しかもこんなに中途半端な時間の廊下に生徒は1人もいなくて、部活やってるやつらの声がグラウンド、もしかしたら体育館からも遠く聞こえた。

放課後の空気が俺は好きだったのだけれど、今はたまらなった。ここにいることが嫌で嫌で嫌で。




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