ハコイリムスメ。
「ちとせさん!」

止めようと必死なトオルの声も、右から入って左に抜けるだけ。

俺は何バカなことやってんだろうと心の底で自分自身を嘲りながら、それでも『のぶくん』の方へ一歩踏み出した。

「ほら、来いよ」
「………っ」

奴は後退り、それから

「は!バカじゃねえの!」

と、叫んで、人垣を掻き分けて去っていった。その後ろを女が追う。



野次馬たちはつまらなそうにバラけ、俺とトオルだけが残された。

「………ちとせさん、て」

しばらくして、トオルが呆けたような声を出した。

「何?」
「………勝ち気なんだな、と」
「…別に」

トオルは悲しそうに目を伏せた。俺もつられて目を伏せる。

気まずい沈黙が流れて、それからトオルがまた顔を上げたようだった。
ハッキリと俺に向けられた声に、俺も顔を上げる。



< 257 / 465 >

この作品をシェア

pagetop