ハコイリムスメ。
10分くらい歩いてエントランスホールにたどりついた。
蒸し暑い夏の夜、けれどホールの中は明るくて涼しかった。
急な温度変化に一瞬頭がぼんやりしたけれど、すぐに首を振って追い払った。



35階の部屋までエレベーターで重力に逆らって一気に上り、エレベーターを降りて、玄関の前に立つ。
片手で葵を支えたまま、もう片方の手ではジーパンのポケットを探って、鍵を引っ張り出すと、いつも通りの動作で玄関の扉を開いた。



「ただいまー…」

小声で言いながら、まず自分のつっかけサンダルをそのまま脱いだ。






葵の部屋は、綺麗に片付いていた。
でもそれは、葵が来る前とは違って、人がいることを感じされるものだった。

じいちゃんたちが死んでから、俺自身大して入ってもいなかった部屋。
そこに葵がやってきて、生活の跡が見えるようになった。


壁を適当にパンパンと叩いたら、電気のスイッチに手が触れた。
夜の闇と対比して眩しすぎる光が部屋を満たす。
そばにかけてあったリモコンで、電気を豆電球に切り替えた。


「…よいしょー、と」


ほんの少し前から、葵は自分の部屋で眠るのを怖がらなくなった。

俺はそんなことを思いながら、葵をベッドの上におろした。
ベットの上に、やわらかな栗色の髪が広がる。
少し汗ばんだ地肌、閉じられた目、長いまつげ、それらが目に飛び込んでくる。


葵のサンダルを脱がせて、玄関に置きに行った。




前にさっちゃんが買ってきてくれた、華奢な形をした、白いサンダル。
甲の部分には、黄色のこれまた華奢な飾りがついていた。
葵はこのサンダルをとても気に入っていて、他にサンダルはいらないのかと訊いても、いつも首を横に振って、これがいいのと笑う。



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