ハコイリムスメ。
おじいさん、と呼んでしまうのがためらわれるくらい背筋の伸びた人だった。
白髪交じりの髪はきれいに整えられていて、長いあごひげが印象的。
「おじいちゃーん、どこ行ってたのー?」
「あ、里奈ちゃんたら!ちゃんと靴履いて!」
里奈ちゃんがレジャーシートから靴下のまま飛び出して、おじいさんに飛びついた。
おじいさんは優しく笑いながら、里奈ちゃんの頭をなでる。
「ああ、ごめんよ里奈、ちょっと噴水のそばに置いてあった絵を見ていたんだ。…はて、どちらさまかな」
おじいさんは俺と葵を見て、不思議そうに首をかしげた。
俺ははじかれたように立ち上がって、どうもお邪魔していてすみません、谷神と言いますと名乗った。
里奈ちゃんのお母さんが、「少し前に駅で会ったことがあった、男の子なんです。里奈が懐いてしまって」と補足的に説明してくれた。
おじいさんはそうかなるほど、とうなずいたあと、こんにちは谷神くんと右手を差し出してきた。
「あ、はじめまして」
初対面の人とは握手!…なんてお上品な家庭に育っていないので、少し緊張した。
「絵って、何の絵ー?」
「ああ、見事な噴水の…描いた人に会いたかったんだが、戻ってこなくてのう」
噴水の絵…葵の描いたやつ、かな?
俺は葵がトートバックに目をやるのを見て、確信を持った。
「噴水…あれー?葵ちゃん、絵置いてきちゃったの?」
「…あ、置きっぱなし」
ごそごそとバッグをあさっていた手を止めて、取ってこなくちゃと立ち上がった。
「里奈も行くーっ!」
2人は楽しげな笑い声をあげながら、パタパタとさっきのベンチに走って行った。
その後ろ姿を見送っていた里奈ちゃんの両親は、あらあら里奈ったら、と笑っていたけれど、おじいさんは違った。
俺に向き直って、訊いた。
「………あの子が、描いたのかね?」
「え?ああ、そうですけど……」
「なんと!」
おじいさんは目を見開いて、葵たちに目をやった。
「…えっと」
「あの子は天才だ!」
天才、だなんて言葉がこぼれてきたので、俺はまた驚いて、声が出なかった。