ハコイリムスメ。
葵のためを思うのなら、葵がしたいようにさせてやるのが一番だ。

きっと葵は絵を学びたいという。

礼次郎さんから学びたいという。




でも、そうなったらもしかして、彼女は俺の想像もつかない世界に行ってしまうかもしれない。




彼女の素性も、生まれ故郷も、誕生日さえも知らない俺。

今のようにほとんど1日中そばにいるという関係がなくなってしまったら、葵にとっての俺とは、はたしてなにになるんだろう?


絵の具、色鉛筆、画用紙、クロッキー帳に絵筆にパレット、鉛筆に練り消し、描いては消し消しては新しい線を付け加えた葵の絵。
彼女の部屋には最近、そんなものばかりが散らばっていた。


絵を描くのが苦手な俺にとっては、どうして1日中絵なんて描いていられるのだろうかと、もうずっと不思議だった。
それを溝と感じたことこそないけれど、もし、葵がもっともっと絵の世界に没頭してしまったら?




きっと、俺のそばから少しずつ離れてしまう。




愚かしいことに、わがままな俺はそれがこわかった。
ただひたすらに「現状維持」、「今のまま変わらない毎日」を望んでいる。


葵には幸せになってもらいたい、けれど。



頭が混乱するほど、俺には話すべきか話さざるべきか判断がつかなかった。
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