ハコイリムスメ。
葵の父親が、彼女の頬を叩いたらしい。
赤くなった頬を庇いながら、彼女は床に膝をついた。
「やめろ!あんた、なんのつもりだよ!」
不意に足に力が戻ってきた。
俺はたまらず立ち上がって、2人の間に立った。父親は蛇のように冷ややかな目つきで俺を眺めた。
「ほう、君こそなんだね?夫婦の間のことに口だししないでもらおうか」
「何が夫婦だ、ふざけんな!」
俺はありったけの憎しみを込めて、右拳を振りかぶった。
しかし夜の世界で負けを知らない俺のパンチは、相手を苦しめるどころかかすりもしなかった。
恐怖なのか、畏怖なのか、足がもつれて俺は前につんのめって転んだ。
片眉さえ動かさなかった奴は、俺を見下ろしながらパン!と手を叩いた。
「思い出した、思い出したぞ、君はあの馬鹿な谷神の息子だろう。そうか、もうこんなに大きくなったのか……わからないわけだ」
「ふざけんなよ……!」
「あいつも無駄に正義感ばかり強かったなあ。しかし、あいつの方が言葉遣いはよかった。君、しつけが行き届いていないねえ、親がいなけりゃ当たり前か」
悪趣味なことを言って、悪趣味に笑い声を上げた。
葵の母親は俺の後ろでガクガク震えていたし、俺自身、キレてしまっている葵の父親は気味が悪かった。
「それに加えて思い出したぞ、少年、君はアレと一緒にいただろう?嫌な予感は当たるものだな」
「なんのことだよ」
「少し前の騒動、アイドルに彼氏が居ただかなんだかで。君はスクープ対象だった。違うかい?」
俺は思い出した。
あの放送事故。
モザイク処理されなかった俺達の顔。