ハコイリムスメ。
たとえばもし、と、考えてみる。
もし、俺たちが出会っていなかったなら……
それなら、今俺はどうしていただろう?
たぶん美佐と付き合ってて、
たぶん夜の徘徊癖は抜けなくて、
たぶんもっと人をバカにして、
たぶん人の優しさに気付かなかっただろう。
葵が俺と一緒に暮らした時間で葵が変わったと、葵の母親は俺に言った。
8月15日、あの日、幾日ぶりに自分の娘を見たとき、彼女は少女のまるで違った様子に驚き、嬉しくもあったらしい。
でもさ、変わったのは葵だけじゃない。
俺自身も、葵と過ごした日々の中で変わったんだと、わかっている。
「葵ちゃんが義務教育期間を過ぎたら、ちとせの所に戻ってこられるはずよ。彼女は今中学2年生なの、本来なら。私は専門家じゃないから、葵ちゃんの失われていた何年間かの教育がどうなるかは分からないけど」
「……俺が高校卒業する年に、葵にまた会えるってことだろ」
「そうよ、ううん、そうさせて見せるから、もう泣くのはやめなさい」
「……泣いてねーし」
「はいはい」
葵がここを出ていくのは、8月20日に決まった。
でも、俺にはまだやらなくちゃいけないことが3つ残っている。
葵のために、そう、本当は隠すつもりだったけれど、でも葵のためを思うなら、真実を告げなくちゃいけない。そして、別れを告げなくちゃいけない。
そしてもう一つ。
葵に、言わなくちゃいけない。
俺は、葵が、好きなんだって。