ハコイリムスメ。


「女の人と、男の人がいてね、私が声を出すと女の人が叩かれてね、だから声を出さないようにって……」


葵が顔を苦しそうにゆがめながらも、懸命に思い出して俺に語る。

そのストーリーは、彼女の母親のものと一致した。





話が進むにつれて、葵の声はどんどんはっきりしたものになった。

そして俺の所に来た夜にまで、話は動く。




「そうだ、私、逃げなきゃって思って。言葉は知らなかったけど……とにかく、ここにいちゃだめなんだって思って、暗い部屋から出たの」



街をさ迷って、高い位置にあった太陽は沈み、夜遅くに繁華街に出た。
それはすなわち、俺の街だ。



「ガヤガヤ騒がしいところにいれば、私が声を出してもだれも気付かないかと思って、それであそこにいたら、ちとせくんが来たの」




葵は無表情に俺の顔の少し右を見つめながら、一度言葉を切った。



「そっか…あの人がお母さんだったんだ、あの男の人が、お父さんだったんだ…」



そして、最後にぽつりとそうつぶやいて、うなだれた。





『ゆっくりでいい、彼女が全部思いだせたのなら、きっと葵ちゃんにもわかるはずよ』、さっちゃんの声が頭の中にこだました。

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