ハコイリムスメ。
「葵、葵は知らないと思うんだ、お前の本当の名前」
「そっか、私、日向葵って名前じゃないんだね」
「……横山、真央。お前は、真央っていうんだよ」
「……まお。よこやま、まお」
葵は繰り返して呟いた。
最初に名前をつけたあの日も、こうして何度も繰り返していたんだったと思いだして、その瞬間魔法が解けたような気がした。
俺が葵が傷つかないようにとかけた魔法が、1つ残らずはじけて消えた、ように思えた。
「葵、いや、真央。真央のお母さんの小夏さんは、俺の母親の、俺を捨てて消えたと思ってた母親の妹だった。」
「え?」
「俺たちは、実はいとこ同士だったんだ」
葵は目を見開いて俺を見た。
そして、涙で赤くなった目を、それでも優しくゆるめて、微笑んだ。
「すごい偶然だね」
「そうだな」
俺だって、驚いた。
「真央のお父さんは、毎日ニュースで流れてた、横山直也なんだよ」
「それも、すごい偶然だね」
泣きながら、おどけて言う。
葵は事実の受け止めきれないほどの大きさに、小さく肩を震わせた。
「俺の母親は生きてたんだ。入院は、してるけど」
そして、俺を捨てたわけじゃなかったと、もう知っている。
葵は一度にあまりにたくさんの情報を知ったせいか、とうとう声をあげて泣きだした。
俺はたまらなくなって、自分の座っていた席から離れ、葵を後ろから抱き締めた。
乱暴にしたせいか、椅子はガタン!と大きな音を立てて後ろに倒れたけど、知ったことか。
俺の腕を涙で濡らしながら、葵はひたすら泣いた。