オオカミと少女
まぶたの裏に、深い森の中にただ一軒だけ建つ家が浮かぶ。
奥の窓の外から緑色のこちらを見る目と、目の前に倒れる人影……
(違う!俺は殺してない!襲おうとしたのを止めたじゃないか!)
爪を、寸前で引っ込めたじゃないか。
満月だったこともあり、イーサンはそのときの記憶がまばらだった。
はっきり覚えているわけではない。
「ウァァァアア…ウァ〜」
「…泣いて、いるのか?」
1人の団員が様子を伺うようにイーサンを見た。
「オオカミ人間も、泣くのか?」
(泣くさ、泣くさ!)
オオカミになったって、中身は人間なんだから。
イーサンは顔を上げた。
とはいっても、オオカミの姿になっているためその視線は人間達よりはるかに低い。
(俺は、死にたくないんだ…!)
「アオーーーーーン!」
月に向かって吠えたのは、オオカミ人間としての本能。
警備団の団員達の頭上を通り過ぎていったのは、イーサンの意思。
「逃がすか!」
ダーーーーン!
銃声が響き、イーサンは足に鈍い痛みを覚える。
それでも立ち止まるわけにはいかなかった。
愛する人が出来た以上、こんなところで捕まって死ぬわけにはいかなかった。