この気持ちに名前をつけるなら


立ち上がって見下ろした坂下は、少し驚いたような表情をした。

うん。こっちの表情の方がいい。



「女が苦手で私を遠ざけるのは構わないけど、それは私が苦手なわけじゃないでしょ?そんな理由で気に入った店に行けなくなるなんて、損だと思うよ」



坂下の天パの前髪が、ゆらゆらと揺れる。

その隙間から見えた坂下の目は、細められた。



「確かに、道理だね」

「なんなら男だって思ってもらってもいいよ!」



拳を握ると、また眉を下げて笑った。

幼い、笑顔。



「ありがとう。『メロウ』にはまた行かせて貰うことにするよ」

「ホント?!」



私は嬉しさのあまり両手を地面に付けて前のめりになった。



「うん。そのかわり、野上も絶対に俺のこと男だって思わないでね」

「……、」


風で、髪が乱れた。

視界を遮る髪をなんとか掻き上げると、坂下は既に後ろ姿で、私を置いて屋上を出ていった。



私を女だと思わない。

坂下を男だと思わない。



「どういうことなんだろう……」



私は膝を付いたまま、しばらくそこから動けずにいた。


あのとき、坂下は笑っていたのだろうか。









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