小さなキミと
2つの人影があたしのそばを横切ったかと思えば、バタバタと階段を下りていく足音がして。

気づけばこの狭い部屋は、あたしと服部の2人だけになっていた。


「お前が実はいいヤツだってのはなんとなく知ってるけど、そういう問題じゃないんで」


沈黙を嫌ったのか、2人が居なくなってすぐ、服部が淡々とした口調でそう言った。


「いいヤツ……」


あたしのその、小さなつぶやきに込められた感情は、服部にはきっと届いていない。

嬉しくて、一瞬あたしの口元が緩んでしまったことにも気づいていないだろう。


服部の言葉一つで、あたしが舞いあがったり落ち込んだりしていることを、彼は知らない。


「よっ」と、膨らんだバッグを軽々と持ち上げ肩にかけた服部は、いよいよ本当に帰ってしまうつもりらしい。


「じゃあどういう問題なのっ?」


最後のあがき、あたしは慌てて質問を投げる。


「まー、いろいろ」


そうやって適当にはぐらかした服部は、足早にこの部屋を出て行った。

あたし1人を残して、さも居心地が悪かったと言わんばかりに。


開けっ放しの窓から、ぬるっとした温かい風が舞い込んだ。


なんだか、拍子抜けしたような気分だった。


「ねぇ、服部……は知らないだろうけど、昨日あたし、さ。
緊張してドキドキして、全然眠れなかったんだよね……」


1階の玄関で、バタンとドアが閉まる重い音を聞きながら────


誰に言うでもなく、1人、そう呟いていた。

< 112 / 276 >

この作品をシェア

pagetop