小さなキミと
とりあえずベッドだ、コイツまた寝るかもしれないし。


出来る限り剛を視界に入れないように顔を背け、オレは無言で足を動かした。


今のオレの頭の中は、とてもじゃないけど人には見せられない。


女には分かんねーんだよな、こういうの……


と、頬に熱を感じてオレの思考は中断された。


熱の正体はてのひらだった。



いつの間にやら剛が片方のてのひらで、オレの頬に触れていた。


剛の謎の行為に、驚いたオレは再び固まった。


ベッドは目前で、手を伸ばせば届くくらいの距離なのに。


全神経が頬に集中して、足が動かなくなってしまった。


嫌悪感とはまるで違う、不思議な感覚が身体を走る。


「ご……う?」


いつになく熱っぽい表情でオレを見上げる剛に、オレの声は戸惑いでうわずる。


顔が熱い。胸が苦しい。

視線が逸らせない。


剛にこんな感情を抱くのは初めてだった。


自分が一体どんな顔をしているのか分からなかった。


すると何を思ったか、剛は口元に微笑を浮かべて、グッと身を乗り出してきて。


その瞬間、オレの心臓が吹っ飛んだ気がした。


あっという間に視界が暗くなり、剛の閉じられた瞼(まぶた)と長いまつ毛が目の前にあったのだ。



「嘘だろ」


「えっ?」


驚きと困惑の混ざった周りの声が、まるで他人事のように聞こえた。



唇に触れているそれは、びっくりするほど柔らかくて、熱を持っていて。

ほのかに柑橘系の甘酸っぱい香りがした。



一体、なにが……

どうなって……



オレは放心状態になっていた。



「ごめんっ、やっぱりアレ睡眠や」


ドアを開けるなりの圭の声が、不自然に途切れた。

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