小さなキミと
あたしは帰り支度を一旦中断して、そろそろと彼の席に近寄った。


赤点仲間の服部が、部活をサボって勉強なんて有り得ない。


「は、服部……どうしたの、熱でもあるの?」


服部は手を動かしたまま、チラリと視線だけをよこした。


彼の眉間のしわは、あたしの言いたいことがしっかりと伝わった証拠だ。


「オレが勉強してんのがそんなに変かよ」


「べっ、別に変とは言ってない、
ただちょっとあまりにも見慣れないから、その、心配になっちゃって」


慌てて取り繕ったあたしの言葉は、完全に逆の効果を発揮した。


服部は「あぁー」だか「もぉー」だかのロングトーンの声を上げ、

「お前のせいで集中力切れたーーーーッ」

その言葉と共に、シャープペンシルを放(ほう)った。


「あたしのせいじゃないっつの。アンタが慣れないことするからじゃないのぉ?」


言いつつ、忌々しげにあたしを見上げる服部から視線を下げ、彼の机の上を無遠慮に物色する。


あたしが“頑張って”無遠慮を装っていることと、あっち行けと邪険にされるんじゃないかとビクついているなんてことは、彼には内緒だ。


彼の諦めたようなため息がすぐそばで聞こえ、あたしは取りあえずホッとした。


「あ、コレ超痛かったヤツだっ」


そう言い手に取ったのは、誰かに後頭部めがけて叩き落とされた記憶がまだ新しい、重厚な質感の英文法・語法問題集。通称“アップグレード”。


「剛の返しも相当だったけどなー」


という服部の小言はスルーを決め込む。


机上には、アップグレードの他に、無造作に広げられたノートや英Ⅰの教科書とワーク、リスニング用の薄っぺらな教科書が居座っていた。


これらの参考書は、全て英Ⅰの授業で使う教材だ。

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