小さなキミと
お腹が空きすぎて死にそうだったけど、追試と天秤にかけたらどっちが重いかなんて、言うまでもなく分かりきっていることだ。


しかも英Ⅰという教科は、追試を落とすとかなりマズイらしい。


教科担任の藤岡(ふじおか)先生は温厚だが面倒見は良くないとの噂で、『1回しか実施されない追試に不合格、イコール単位喪失』と、全校生徒たちの間でまことしやかに囁(ささや)かれている。


追試を何度も実施してくれる先生の方が、一見厳しいようで実は甘いのだった。


教室は食欲をそそる弁当の匂いが充満しているけれど、食う時間はあたしにはない。


服部の席は中央の列の最後尾に位置している。


彼の両隣りの生徒はもう帰ってしまったので、今は空席だ。


「誰の席か分かんないけど、借りるねっ」


本人はもういないけど、一応断ってイスを引きずり出し、服部の席に寄せて座る。


「お前なに、まさかここで勉強するつもりじゃ……」


服部は明らかに顔を引きつらせたが、あたしはお構いなしに図々しく縋(すが)った。


服部にどう思われようと、今はどうでもいい。


そう思ってしまうくらい、あたしはテンパっていて冷静ではなかった。


「いいじゃん期末の問題用紙とか教科書とか見してよ時間ないんだよーっ」


バンバンッと駄々っ子のように机を叩き、躊躇(ためら)う服部を急かす。


彼が「自分の」と言いかけたので、先手を打つ。


「あたし持ってきてないんだよ今日英Ⅰの授業なかったからーっ」


またバンバンッと机を叩く。


「まーたケンカしてんぞ、あの姉弟(きょうだい)」


「八神が怒るぞー」


教室の前方、黒板近くにたむろしたクラスのお調子男子たちが、そんな笑えない野次を飛ばす。

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