小さなキミと
「うるさいっ、じゃあ吉岡(よしおか)英Ⅰの教科書貸してくれる?」


吉岡というのは、その男子たちの中で1番アホっぽい見てくれのヤツの名前だ。


「持ってるワケないでしょ、オレ赤点じゃないもーん。有くんに借りればぁー?」


あぁウザったい!


喋り方からそのワックスでテッカテカの髪の毛から、何から何までウザったい!


相手にするだけ時間の無駄だ。


あたしは苦々しげに舌打ちする。


服部にも有にも、とんだ恥をかかせてしまった。



少しだけ罪悪感を抱えながら前方窓際の有の席を見て、思わずズッコケたくなった。


彼は横向きに座った姿勢で、ドヤ顔に見えなくもない表情で、手を振るように英Ⅰの教科書を顔の横で振っていのだ。


有のあのニヤついた顔、気が抜けるわぁ……


吉岡に言われてそうした、みたいな構図が気に食わないけど仕方がない。


とにかく時間がないのだ。


服部に迷惑かけるのも違うか、と今更ながらに反省。


軽くため息を吐いて、あたしは席を離れようと腰を浮かせ────




足を踏み出したのが先か、右手の自由が利かなくなったのが先か。


そこは生地をまとっていないので、その感触は肌に、直に、力強く伝わってきて。


反射的に、目が勝手にその感触の正体を捉(とら)える。


自分の右手首、正確には前腕を……いつか見た、誰かの骨ばった手が掴んでいた。

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