小さなキミと
筋の浮いたその腕だって、記憶と少しの狂いもない。


強いて言うなら、若干の日焼けで色が黒くなった程度だ。


今は衣替えで上が半そでのカッターシャツに切り替わっているけれど、あの時はまだ冬服だった。


たしかあの日、服部は自分で袖を引き上げたのだ。


泣いてどうしようもなくなったあたしを宥(なだ)めるために────




顔を見ると、服部はなぜか切羽詰まったような様子だった。


えっ、何で。


バカみたいに単純な疑問が真っ先に浮かんだ。


何でそんな顔。


何であたしの腕を。


戸惑っている間にも、掴まれた腕がどんどん熱くなる。


比例して、あたしの顔も熱くなる。


「いっ」


ふいに服部が発したそれは、あたしをさらに混乱させた。


い、って何だ。


あいうえおの“い”?


ワケが分からん……どうしちゃったの服部。


見た目はどこからどう見ても服部だけど、服部じゃないような、何だか不思議な感じがした。


いつまでも見ていたい、なんて思ってしまうくらいにレアな表情の服部が目の前にいる。


言いたいことが言えなくてもがいているような、苦しんでいるような。


だがしかしそれを悠長に待っている余裕はない。


これ以上はちょっとマズイ。


時間が無いんじゃなくて、あたしの心臓が持たない。



「あの、さぁ」


たまらなくなって声をかけた途端、服部は一瞬目を見開いてすぐさま手を離した。


「なーに驚いてんのよ、自分でやったくせに」


我に返った感があからさま過ぎたことへの仕返しに、彼が困りそうなことを言ってみた。

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