小さなキミと
ところで、オレにはさっきから剛に訊きたかった事がいくつかある。


「なぁ、お前って母親の事ママって呼ん」


「ああああぁッ! 何も聞こえないあたしは何も聞こえない!」


一瞬で真っ赤になった剛が「テーブル持ってくるから!」と叫んで部屋を出て行った。


────何だ今の。


思わずオレはブッと吹き出した。


普段は勝気で負けず嫌いの剛だけど、意外と可愛いところもあるらしかった。


程なくして、木目調の折り畳みテーブルと一緒に戻って来た剛。


「小さい頃からそう呼んでるだけだから! たっ、ただの癖だから!」


ますます顔を火照(ほて)らせて言い訳をする剛を見ながら、オレはオレで抱きしめたい衝動を必死に抑(おさ)えていた。


「つーか、リキさんってお前の親父? あの人1回もこっち見なかったんだけど」


「あ、ああ! そうそう、それあたしのパ……」


勢いよく顔を伏せた剛が「お、お父さん」と小さく呟いて、テーブルの脚を引っ張り出す作業で誤魔化した。


パ、って言ったの聞こえたし誤魔化しきれてないけどまぁいいか。


「お前って毎日店手伝ってんの?」


オレの質問に、剛はかぶりを振った。


「手伝うのは金曜日と土曜日だけ。金土は特に混むからさ。
まぁでも勉強と部活と遊びは優先していい事になってるから、実際そんなに手伝えてないよ。
姉弟3人いるし、バイトの人もいるからそんなんでも割と大丈夫なんだ」


「へぇー」


オレには分からない世界の話だった。


そして、キョウダイと聞いて思い出した事があった。


居酒屋スタッフの中に、まだ垢抜けない容姿とずば抜けた高身長がちぐはぐな少年がいた事を。

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