小さなキミと
こんな感情、オレは知らない。知らなかった。


いや違うな……オレは知ろうとしなかっただけだ。剛に出会うまでは。


視線を上げ、正面に座る剛を覗き見る。


剛の伏せた目が、まつ毛が、まばたきするたびに小さく揺れた。


と、ふいに剛が眉間にシワを寄せ、

「ふぁっ」

小さく欠伸の声を漏らした。


────人の気も知らないで。


恥ずかしそうにへへへと笑った剛を前に、オレは何とも言えない敗北感に襲われていた。


オレたちが剛の母親に呼び出されたのはそんな時だった。


「涼香ぁーーーー、ハトリくぅーーーーん!
いいモンあげるからちょっと下来いやーーーー!」


オレと剛は、思わず顔を見合わせる。


「オレ……もうハトリでいいや」


「なんか、色々ごめん服部……」


取りあえず課題を中断し、1階に下りて行ったオレたちを待っていたのは……。


「あれー、まぁ、可愛らしい男の子じゃないの!」


剛の母によく似た恰幅のいいおばさんと、


「涼香ちゃんの彼氏! 超カワイイ!」


ひらひらしたワンピースがいかにも“女子!”な女の子が、オレたちの姿を見つけるなり駆け寄って来た。


オレにとっては非常に喜ばしくない言葉を添えて。


「おばさん! と、茜ちゃん? なんでいるの?」


オレはもちろんだけど、剛も戸惑った様子だった。


「アンタのママに呼ばれたのよ。涼ちゃんが店に彼氏連れて来たから、見に来ないかってね」


「ハァ!?」


目を怒らせた剛の視線の先の厨房付近で、剛の母が悪びれる様子もなく笑っていた。

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