小さなキミと
いつの間にやら剛はホールに駆り出され、制服の上から黒のエプロンを身にまとって店内を駆け回っている。


「生追加!」


「これと同じのもうひとつ!」


客たちから声が飛ぶたび、スタッフたちは元気よく返事をして奥へ引っ込んでいく。


どっかで吐いてる客もいるようだし、悪酔いして怒鳴っている客もいる。


居酒屋のバイトはオレの総菜屋のバイトよりも数倍大変そうだった。


そういえば、オレ何でここにいるんだっけ。


あぁそうだ課題をやりに来たんだった、月曜までに提出しないとヤバいヤツ。


────もう帰っていいかな。


「おォい兄ちゃん! 奢ってやるから飲めよ」


隣のおっちゃんが並々と注がれたビールジョッキをよこしたせいで、オレは言い出すタイミングを逃してしまった。
このおっちゃんはなぜかオレを気に入ったらしい。


「あのさ、オレ高校生って知ってますよね?」


「それがどうしたァ?
んだよおめぇ、この俺が奢ってやるっつってんだからよォ」


ダメだ、この人飲み過ぎで呂律(ろれつ)が怪しくなってる。


「まぁまぁ、後藤(ごとう)さん。その辺にしといてやりましょうよ。
その子困ってるじゃないすか」


見かねたのか、おっちゃんの連れの若い男の人が、横から助けの手を差し伸べてくれた。


が、酔っぱらいに正論は通じなかった。

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