小さなキミと
もっと早く起きていれば、と悔やんでも仕方がない。


必死に探し回ってはいるんだけど、正直どこにあるのか皆目見当がつかない。


それもそのはず、制服を購入してから今日までの間、ネクタイはブレザーやスカートと一緒にずっとクローゼットに眠っていたはずだからだ。


盗まれたとしか、考えられない。


「アハハハハ」


なんだか急に笑えてきた。


盗まれるって? アホか。


こんなもん盗んでどうすんねん。


一回落ち着こう。


あたしはキッチンへ向かい、冷蔵庫からケトルの麦茶を取り出した。


コップに移して、一気に喉へ流し込む。


喉が潤ったことで、少しだけ冷静さを取り戻せた気がした。


口元を手の甲で拭うと同時に、カッターシャツの胸ポケットでケータイが震えた。


すごく嫌な予感がする。


“先に行きます。涼香はチャリで頑張って”


結からの短いメッセージに、顔面蒼白。


慌てて窓に駆け寄り顔を出すと、先ほどまで確かに停まっていた結ママの愛車、黒いボルボが消えていた。


急に静かになったと思ったら、こういうことか。


せっかく迎えに来てもらったのに……


あたしはネクタイを諦め、散らかり放題のわが家をそそくさと抜け出した。


4月8日、天気は快晴。


楽しみにしていた高校の入学式は、汗びっしょりで迎えることになりそうだ。

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