小さなキミと





「まさか、女絡みの揉め事とは思わなかったなー」


ガヤガヤと大勢の声が飛び交う騒がしい廊下を歩きながら、結がそう言ってわざとらしく顔を引きつらせた。


「なにその言い方、ウケるんだけど」


結の隣で、あたしはハハハと力なく笑った。


あの今朝の惨劇を実際に見ていたら、きっとそんな冗談は言えないだろう。


あたしには弟が二人いる。


この春中学生になった凛太朗と、まだまだ小学生4年目の陸人(りくと)だ。


あたしと同じく、年相応の平均身長を大きく上回るこの二人。


普段から、事あるごとにお互い無駄に対抗心を燃やしている。


だけど、今朝ほどの大喧嘩は滅多にない。


「オレ、こないだ茜(あかね)ちゃんが男とデートしてるの見たよ」


最後の一枚の食パンを陸人に取られた腹いせに、凛太朗がそんなデタラメを言ったのがすべての始まりだった。


あたしたちのイトコである茜ちゃんは、陸人と同い年の小学4年生。


とっても小柄で可愛らしい女の子で、みっちゃんの年の離れた妹だ。


陸人はもうずいぶん前から茜ちゃんに憧れを抱いていて、それは恋とも呼べるものだった。


体格が大きいとはいえ、所詮小学生の陸人はかなりショックを受けた様子だった。


「うそだ!」と喚く陸人を面白がった凛太朗が、言葉巧みに信憑性を高めてどんどん話を盛っていった。


勝手に失恋した陸人は、泣き叫びながら凛太朗に体当たり。


気が付いたらダイニングで乱闘が始まっていた。

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