マネー・ドール -人生の午後-
十五分くらいして、インターホンが鳴った。
将吾……かな? ああ、やっぱり、将吾。どうしよう、メイク、直せてないし、部屋着のまま。
「開けたから、入って」
とりあえず、部屋着は着替えて、Tシャツとスエットのタイトスカートに。
メイクは、まあ、いいか……そんなに、崩れてないよね。
「よう」
将吾は玄関で、コンビニの袋を渡してくれた。
あっ、これ私が好きでよく食べてたアイス。懐かしい。まだあるんだ。っていうか……覚えてて、くれたんだ……
「あれ、佐倉は?」
「なんか、急用みたい。出て行ったわ」
平然と、言った。普通に。でも、内心は、心臓が飛び出そうなくらい、ドキドキしてる。
「……あがるの、まずいな」
「いいよ、別に。さ、どうぞ」
ああ、そうだった。
慶太が来たよね。
こうして、あの社宅に、ふらっと。
あの日も、こんなに暑い日だった気がする。
平然と、慶太を家に入れて、でもあの時も、本当は、ドキドキしてた。
あの時から、きっと、私……運命を、変えてしまった。
間違っていたのかな。あの時の私、間違えてしまったの?
「アイスコーヒーでいいかしら」
「ああ。いや、すごい部屋やな……」
将吾はリビングとキッチンを見回して、落ち着かない様子でソファに座って、お尻のポケットから携帯とタバコを出した。
「灰皿だよね」
「ああ、いいよ。誰も吸わんやろ?」
「そうなの。いつの間にか、慶太もやめてたし」
そう、いつの間にか、慶太は禁煙してたみたいで、今は吸ってないみたい。そんなことすら、知らなかった。
「おばさん、どうや」
「さあ。もうどうでもいいの、あんな人」
「真純……やっぱり、許せんか」
「許すもなにも、私にはもう母親なんていないの」
冷たく言い放った私。きっと、冷たい顔を、してるね。
「……悪かったな。真純の気持ち、考えてなかった」
将吾は俯いて、両手を組んだ。本気で落ち込んでる時は、こうするよね。昔から変わってない。
「いいのよ。私も……感情的になってた。ごめんなさい」
素直な、気持ちだった。
あなたは、私のこと、いつも本気で心配してくれてる。だから、ちゃんと謝らなきゃって、あれから思ってたの。
将吾の手。ゴツゴツした手。逞しくて、日に焼けた腕。
Tシャツの二の腕は、はちきれそうで、いつの間にか、私は、無意識に、その腕に、私を、あずけている。
「将吾、あのね……」
「うん」
「仕事、辞めたの」
「えっ! なんで!」
「なんか、色々あって……今日、退職したの」
もう、会社を辞めたことは、もう過去のことになっていた。
「そうか……」
「来月からね、慶太の事務所で働くの」
私達は、二十年前のように、身を寄せ合って、耳元で、会話している。
薄い壁のあの部屋じゃ、夜、普通に会話するのも気を使って、いつもこうして、内緒話みたいに、話したね。
そう、この匂い。ちょっと汗とタバコの匂い。懐かしい、匂い。
二十年前。まだ、私達が愛し合っていた、あの頃。一緒に暮らした、あの頃。
ねえ、将吾。あなたは? あなたは今、どんな気持ち? あなたも、二十歳のあの頃に、戻ってるよね?
「手紙……読んだ」
「手紙?」
「たぶん、別れた時に書いてくれた手紙……先週、見つけたの」
「ああ……今頃か?」
将吾はちょっと笑って、私の肩を抱いた。自然に、あの頃みたいに、大きな手で、私の肩を抱く。
「ガキの頃の手紙や」
「その手紙ね、慶太が持ってたの」
「そうか。なら、佐倉がみせんかったんやな」
「……荷物もね、慶太が持ってた」
「あいつに渡したんや。捨てんかったんやなぁ」
怒る様子もなく、懐かしそうに遠くを見た。いつもそう。何か考えてる時は、そうやって、遠くを見るよね。
「真純、幸せか?」
「……わからない……たぶん、幸せなの。でも……わからないの……」
「佐倉のこと、好きなんやろ?」
「うん」
「佐倉もお前のこと、好きやゆうとった。どうしようもないくらい、好きやって」
「いつ? いつ、そんな話したの?」
「土産、もうた時や。あいつ、お前のことが……惚れとるんやろな。昔の、俺みたいに」
「あの荷物も、慶太に渡したのよね」
「そうや」
「ねえ、慶太は、ほんとに、私のこと、好きなの?」
私をちらりと見て、俯いて、呟いた。
「真純、佐倉のこと、信じてやれ」
「信じてるよ。でも、でもね……私ね……」
将吾、やっぱり、あなたが好き……ダメなのに……やっぱり、あなたが……
将吾……かな? ああ、やっぱり、将吾。どうしよう、メイク、直せてないし、部屋着のまま。
「開けたから、入って」
とりあえず、部屋着は着替えて、Tシャツとスエットのタイトスカートに。
メイクは、まあ、いいか……そんなに、崩れてないよね。
「よう」
将吾は玄関で、コンビニの袋を渡してくれた。
あっ、これ私が好きでよく食べてたアイス。懐かしい。まだあるんだ。っていうか……覚えてて、くれたんだ……
「あれ、佐倉は?」
「なんか、急用みたい。出て行ったわ」
平然と、言った。普通に。でも、内心は、心臓が飛び出そうなくらい、ドキドキしてる。
「……あがるの、まずいな」
「いいよ、別に。さ、どうぞ」
ああ、そうだった。
慶太が来たよね。
こうして、あの社宅に、ふらっと。
あの日も、こんなに暑い日だった気がする。
平然と、慶太を家に入れて、でもあの時も、本当は、ドキドキしてた。
あの時から、きっと、私……運命を、変えてしまった。
間違っていたのかな。あの時の私、間違えてしまったの?
「アイスコーヒーでいいかしら」
「ああ。いや、すごい部屋やな……」
将吾はリビングとキッチンを見回して、落ち着かない様子でソファに座って、お尻のポケットから携帯とタバコを出した。
「灰皿だよね」
「ああ、いいよ。誰も吸わんやろ?」
「そうなの。いつの間にか、慶太もやめてたし」
そう、いつの間にか、慶太は禁煙してたみたいで、今は吸ってないみたい。そんなことすら、知らなかった。
「おばさん、どうや」
「さあ。もうどうでもいいの、あんな人」
「真純……やっぱり、許せんか」
「許すもなにも、私にはもう母親なんていないの」
冷たく言い放った私。きっと、冷たい顔を、してるね。
「……悪かったな。真純の気持ち、考えてなかった」
将吾は俯いて、両手を組んだ。本気で落ち込んでる時は、こうするよね。昔から変わってない。
「いいのよ。私も……感情的になってた。ごめんなさい」
素直な、気持ちだった。
あなたは、私のこと、いつも本気で心配してくれてる。だから、ちゃんと謝らなきゃって、あれから思ってたの。
将吾の手。ゴツゴツした手。逞しくて、日に焼けた腕。
Tシャツの二の腕は、はちきれそうで、いつの間にか、私は、無意識に、その腕に、私を、あずけている。
「将吾、あのね……」
「うん」
「仕事、辞めたの」
「えっ! なんで!」
「なんか、色々あって……今日、退職したの」
もう、会社を辞めたことは、もう過去のことになっていた。
「そうか……」
「来月からね、慶太の事務所で働くの」
私達は、二十年前のように、身を寄せ合って、耳元で、会話している。
薄い壁のあの部屋じゃ、夜、普通に会話するのも気を使って、いつもこうして、内緒話みたいに、話したね。
そう、この匂い。ちょっと汗とタバコの匂い。懐かしい、匂い。
二十年前。まだ、私達が愛し合っていた、あの頃。一緒に暮らした、あの頃。
ねえ、将吾。あなたは? あなたは今、どんな気持ち? あなたも、二十歳のあの頃に、戻ってるよね?
「手紙……読んだ」
「手紙?」
「たぶん、別れた時に書いてくれた手紙……先週、見つけたの」
「ああ……今頃か?」
将吾はちょっと笑って、私の肩を抱いた。自然に、あの頃みたいに、大きな手で、私の肩を抱く。
「ガキの頃の手紙や」
「その手紙ね、慶太が持ってたの」
「そうか。なら、佐倉がみせんかったんやな」
「……荷物もね、慶太が持ってた」
「あいつに渡したんや。捨てんかったんやなぁ」
怒る様子もなく、懐かしそうに遠くを見た。いつもそう。何か考えてる時は、そうやって、遠くを見るよね。
「真純、幸せか?」
「……わからない……たぶん、幸せなの。でも……わからないの……」
「佐倉のこと、好きなんやろ?」
「うん」
「佐倉もお前のこと、好きやゆうとった。どうしようもないくらい、好きやって」
「いつ? いつ、そんな話したの?」
「土産、もうた時や。あいつ、お前のことが……惚れとるんやろな。昔の、俺みたいに」
「あの荷物も、慶太に渡したのよね」
「そうや」
「ねえ、慶太は、ほんとに、私のこと、好きなの?」
私をちらりと見て、俯いて、呟いた。
「真純、佐倉のこと、信じてやれ」
「信じてるよ。でも、でもね……私ね……」
将吾、やっぱり、あなたが好き……ダメなのに……やっぱり、あなたが……