マネー・ドール -人生の午後-
(5)
『中村タクシー』って、古い看板がかかった会社の前で、私は車を止めた。
時間は六時すぎ。もういないかもしれない。パネルの時刻表示が変わっていって、太陽が、赤く、なっていく。
いた……聡子さん……Tシャツに、ジーンズ。全然オシャレじゃないし、お化粧もしてない。
明るく、笑いながら、おつかれさまでしたって、言いながら、駐輪場で、自転車のカゴに荷物を載せてる。
「ああ、凛? ママ。今から帰るからね。宿題、ちゃんとしておくのよ。パパが帰ってたら、洗濯物、一緒に取り込んでおいてね」
また……ママとか、パパとか! そんな幸せ、そんなの……ぶち壊してやる!
「聡子さん」
聡子さんは、私の声に驚いて振り向いた。
「ま、真純さん?……どうしたの?」
腫れた目と、落ちたメイク。聡子さんは、心配そうな顔をして、私の方へ歩いてくる。
六時半だけど、辺りはまだ明るくて、少し赤くなった夕陽に、右手の包丁が、光った。
「真純……さん……」
私は、刃先を聡子さんに向けた。
「落ち着いて」
聡子さんは、落ち着いた声で、私に言った。
「それ、渡して。危ないから。ね、真純さん」
セミ……セミの声が聞こえる。
夏の夕暮れ、あのクーラーのない、狭い部屋でも、西日のあたるあの部屋で、セミの声、きいたね。
将吾……あついなって言いながら、セミの声……きいたね……
「いなくなって」
「真純さん……私がいなくなっても、子供たちがいるのよ」
「いなくなって!」
「こんなことしても、将吾はあなたのところには来ないわ」
寂しい目。悲しい顔。そんな顔、私に見せないで!
「うるさい! 似てるのよ! あなた、昔の私に……将吾を返して! 将吾は、私を愛してるの! 今も、私を愛してるの よ!」
「違うわ。将吾が愛してるのは、子供たちよ」
「私よ!」
私、もう……こんなことをしても、何にもならないって……わかってるのにね……
時間は六時すぎ。もういないかもしれない。パネルの時刻表示が変わっていって、太陽が、赤く、なっていく。
いた……聡子さん……Tシャツに、ジーンズ。全然オシャレじゃないし、お化粧もしてない。
明るく、笑いながら、おつかれさまでしたって、言いながら、駐輪場で、自転車のカゴに荷物を載せてる。
「ああ、凛? ママ。今から帰るからね。宿題、ちゃんとしておくのよ。パパが帰ってたら、洗濯物、一緒に取り込んでおいてね」
また……ママとか、パパとか! そんな幸せ、そんなの……ぶち壊してやる!
「聡子さん」
聡子さんは、私の声に驚いて振り向いた。
「ま、真純さん?……どうしたの?」
腫れた目と、落ちたメイク。聡子さんは、心配そうな顔をして、私の方へ歩いてくる。
六時半だけど、辺りはまだ明るくて、少し赤くなった夕陽に、右手の包丁が、光った。
「真純……さん……」
私は、刃先を聡子さんに向けた。
「落ち着いて」
聡子さんは、落ち着いた声で、私に言った。
「それ、渡して。危ないから。ね、真純さん」
セミ……セミの声が聞こえる。
夏の夕暮れ、あのクーラーのない、狭い部屋でも、西日のあたるあの部屋で、セミの声、きいたね。
将吾……あついなって言いながら、セミの声……きいたね……
「いなくなって」
「真純さん……私がいなくなっても、子供たちがいるのよ」
「いなくなって!」
「こんなことしても、将吾はあなたのところには来ないわ」
寂しい目。悲しい顔。そんな顔、私に見せないで!
「うるさい! 似てるのよ! あなた、昔の私に……将吾を返して! 将吾は、私を愛してるの! 今も、私を愛してるの よ!」
「違うわ。将吾が愛してるのは、子供たちよ」
「私よ!」
私、もう……こんなことをしても、何にもならないって……わかってるのにね……