マネー・ドール -人生の午後-
 私はただ、黙ってるしかなくて、血の滲む包帯をじっと見つめていた。
「渡さないわ……ねえ、あなたには、慶太さんがいるでしょう? お金も、地位も、きれいな顔も体も、なんでもあるでしょう? それなのに、将吾まで奪うの? ねえ、私から、子供達から……たった一つなの。私には、将吾だけなのよ……」
 聡子さんは、縋るように言った。怒るでもなく、泣くでもなく、ただ、私に縋るように。
「お願い、真純さん……将吾のことは、もう忘れて。将吾のこと、もう……」

 聡子さん、ねえ、私ね……好きなの……将吾が……もう……ダメなの……

「お金なら、あるの」
「真純さん……」
「慰謝料も養育費も、私が責任もつわ」
 何、言ってるの? 私、何言ってるの?

「門田さん、いい加減にしなよ」
 気がつくと、中村くんが立っていて、聡子さんは、泣いていた。

「杉本もさとちゃんも、どれだけ苦しんだか、わかってる? 君が佐倉とセレブ生活を送ってる二十年間、杉本もさとちゃんも、辛かったんだよ。君にそれがわかる? それを今更なんだよ。金はある? 養育費に慰謝料? そんなもんで、そんなもんで、買えないんだよ。門田さん、人の心はね、お金じゃ買えないんだよ。……それは、君が一番わかってるだろ?」

 わかってる……そんなこと、わかってるよ……

「佐倉が、もうすぐ迎えに来るから」
「連絡、したの?」
「一人じゃ帰れないだろ?」
「なんで慶太に連絡したのよ!」
「……君たちは、夫婦だろ」
 そんな……こんな姿、慶太に見られたくない……
「一人で帰る」
「佐倉と話し合うんだ」
「話し合うことなんてない! 全部私が悪いの! 私が、全部……」
「今日のことは、俺達からは言わないから」
 中村くんの言葉に聡子さんも頷いてくれた。
 最低に情けない私。床にへたり込んで、ただ、ただ……震えながら、慶太を待つしかできない。

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