マネー・ドール -人生の午後-
新規のクライエントとの交渉も上手くいった。
やれやれ……このご時世だからな。新規のクライエントを掴むのも一苦労なんだよ。
「二時か……腹減ったな。なんか、食って行こうぜ」
俺達は、通りすがりのファミレスに入った。
真純、ちゃんと帰ったのかな。電話してみるか。明るくはしてたけど、やっぱり、落ち込んでるだろうし。
コールはするけど、真純は出なかった。どうしたんだろう。何かあったんじゃないだろうな。
もう一度かけようとした時、外で電話をしていた山内が、慌てた様子で入ってきた。
「所長、調査が入ります」
「え? どこに」
「神谷先生の……」
マジかよ。危ないと思ってたんだよな……
「すぐ行くって言え」
「わかりました」
俺達は注文をキャンセルして、店を出た。腹減ったなぁ。
神谷の事務所につくと、かなり動揺した様子の秘書が俺を待っていた。
「佐倉先生、どうしましょう」
「落ち着いてください。我々に任せて。山内くん、帳簿」
「はい」
山内は慣れた調子で帳簿データを出して、コピーし、次々に『修正』していく。
「調査はいつ入る予定ですか」
「たぶん……明日の朝一で……」
「なら大丈夫です。まだ時間はありますから」
笑顔で言ったものの、正直不安。
ここの資金繰りはかなりブラックで、ツッコミどころ満載だ。関わりたくはなかったけど、松永さんの知り合いとなれば、断れない。ああ、やっぱり断っときゃよかったなあ……
「所長、これで……」
「うん……いや、これだと不自然だな。三年前のデータ見せて」
長丁場になりそうだ。夜までかかるな、これは……
時間は三時。真純、どうしてるかな。無事帰ったよな。
どうも真純が気になって集中しきれない。電話してみるかな……
そう思ってる矢先、真純からの電話が鳴った。
「真純?」
「うん。電話、出れなくてごめんなさい」
「いや、ちゃんと帰ったかなって思って」
「うん。帰ったよ」
「どうやって帰ったの?」
「電車」
「え? 藤木に送ってもらえばよかったのに」
「いいの。藤木くんも、忙しそうだったし」
「そうか……ああ、今日、遅くなるんだ。十一時までには帰るから」
「ご飯は?」
「食べて帰る」
「わかった」
なんか、いいことでもあったのかな? 声がなんとなく、弾んでいた。まあ、いいか。
落ち込んでるかと思ってたけど、明るくしてくれてるなら、別にいいよな。もう、退職のことはふっきれたのかもしれない。
来月から、新しい生活。俺達は、文字通り、二十四時間、三六五日一緒! ああ、楽しみだなあ。
これで杉本も、田山も、あんなヤツラが入り込む隙はないってわけだ。
さあ、これで集中できる。俺のクライエントに、調査なんて関係ないんだよ。