マネー・ドール -人生の午後-

(3)

 翌朝、身支度をしていると、真純が起きて来た。
「おはよう。早いんだね」
「ああ、どうしても抜けられない。一人で大丈夫? 松永さんに、来てもらおうか?」
「大丈夫。昨日みたいなことは、もうしないから……」
「昼過ぎには帰ってくるからね。不安になったら、すぐに電話して。いいね」
「大丈夫だよ。普通にお仕事して来て」
 真純はそう言って、微笑んだけど、やっぱりどこか、不安そうな顔をする。
「傷、痛むようなら、痛み止め飲んで。ああ、森崎さんに来てもらおうか。ご飯とか、大変だろ? 連絡しとくよ」
「いいの。一人でできるよ。右手は使えるんだから」
「そうか……じゃあ、行ってくるね」
「いってらっしゃい」

 家を出て、神谷の事務所へ向かう。これさえなけりゃ、休めたのに!
 山内との待ち合わせは八時。十分前に着いたけど、山内はすでに来ていて、珍しく、落ち着かない様子で、何度も時計を見ていた。

「昨日、悪かったな」
「いえ、奥さん、大丈夫でしたか?」
「ああ、大丈夫だ。ちょっとケガしてな。動揺してたんだよ」
そうですか、と山内は上の空で言った。おいおい、そんなに緊張するなよ。
「調査なんて、何回もやってるだろ」
「……あのレベルの改ざんは初めてで……」
「改ざんじゃない。修正」
「修正、は初めてです」
 ああ、そうか……こいつに、この事務所を担当させたのは、ちょっと……悪かったな。
「責任者は俺だ。安心しろ」
 そのセリフに、山内が顔を上げた。
「所長」
「なんだよ」
「いろいろ、思うところはありますが、ボスとしては、尊敬してます」
「そ。なら、その尊敬するボスのために、一生懸命稼いでくれ」
 山内はいつものように皮肉っぽく笑って、はい、と頷いた。
「さ、行くぞ」

 調査員は血眼で帳簿やら記録やらを調べている。聞き取りも終わって、俺達の仕事は、終了ってとこだ。
また明日も来るらしいが、もう問題はないだろう。ちょろいもんだ。
 歯ぎしりが聞えてきそうなくらい、苦い顔をした調査員と、安堵した神谷と秘書たち。何回もやってるけど、この落差が面白いんだよな。

 ごくろうさん、残念でした、と調査員に心の中で舌を出して、俺達は神谷の事務所を出た。

「さすがですね。僕には到底無理な、修正です」
 褒めてるのか、馬鹿にしてるのか。まあ、褒められたことにしておこう。

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