マネー・ドール -人生の午後-
 聡子さんが出て行くと、中村は俺の腕を掴んで、無理矢理立たせて、呆れた顔で笑った。
「もう、お前って奴は……さすがは政治家の息子だな」
「本気で、申し訳ないと思ってるんだよ」
「で、門田さんは? 大丈夫?」
「ああ……今は落ち着いてる」
「ならいいけどさ」
 古いソファは、ギシギシと音をたてる。経営、厳しいのかな……

「……中村、これ、納めてくれ」
 俺は、あの封筒を、テーブルに出した。
「なんだよ、これ」
「迷惑料だ。受け取ってくれ」
「いらねえよ」
「中村、頼む……いろいろ、迷惑かけただろ? 足りないなら……」
 中村は、ふうっと、ため息をついた。
「佐倉、安心しろ。俺は門田さんやお前を傷つけるようなことはしない」
「でも……」
「そんなことできる人間なら、もっと会社大きくしてるよ」
 そう笑って、タバコに火をつける。そして、優しい目で、
「友達じゃねえか」
 中村……お前、こんな俺のこと……友達って、言ってくれるんだな……
「でも、これは俺の気持ちだから。慰安旅行にでも、使ってくれ」
 でも、中村は受け取ってくれなかった。
二人の間に置かれた白い封筒は、悲しいほど、ただの紙切れにしか見えない。
「なら、お偉いさんの送迎、うちに出してくれよ。な? それでチャラだ。うちは無事故無違反、優良だぜ?」
「それで、いいのか?」
「うちにとっちゃあ、こんな金よりよほどありがたいよ」
「……そうか……ありがとうな……」
 
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