マネー・ドール -人生の午後-
 そして、中村は、封筒を俺のほうへ押し返して、呟いた。
「後悔、してるんだ」
「後悔?」
「さとちゃんを、杉本に紹介したこと。あいつ、門田さんと別れてから、荒れてさあ。毎晩毎晩、酔っぱらってはケンカして、暴れて、会社も危なかったんだよ。見た目はああだけど、中身は真面目なヤツなのに……酒が抜けないまま出社したり、無断欠勤したりな。見てられなかった」
 そう話す顔は、とてもつらそうで、悲しそうで、ただ、黙って聞くのが精一杯だった。
「初めてさとちゃんを見た時、あいつ、真純って、呟いたんだよ。真純がいるって……それまでさとちゃんと門田さんが似てるなんて、思ったこともなかったけど、言われてみればああ似てるなあって思ってさ。あいつの気が少しでも紛れるなら、いいと思ったんだ。さとちゃんも、彼氏いなかったみたいだし、杉本も、本当はいい男だから、二人がいい方向に進めば、別にいいかなって。でもな……ダメだったんだ」
「どういう、ことだよ」
「杉本は、門田さんをよけいに忘れることができなくなった。さとちゃんとつきあいだしても、あいつ、全然おさまらなくて……時々、さとちゃんが、顔にあざを作ってくるようになって……」

 愕然とした。
まさか、そんなことになってたなんて……

「俺、言ったんだよ。もう、さとちゃんと別れてくれって。門田さんのことが忘れられないまま、彼女を苦しめるようなことは、しないでくれって。でも、あいつは、さとちゃんを離してくれなかった。完全にな、あいつの中で、さとちゃんは、門田さんだった。つらかったよ。俺が、軽い気持ちで紹介なんかしたばっかりに、あの二人は、ずっと苦しんでた」

 俺だけだと思ってた。
 俺だけが、この二十年、苦しかったって、思ってた。
 だって、杉本の社宅に行ったとき、そんな風に、全然見えなかった。二人は、幸せそうだって、そう思った。

 俺は、俺達は、知らずに、こんなにたくさんの人を、苦しめていた。

「なのに、俺、また、バーベキューなんか誘っちまってさ……ことごとく、俺って、よけいなことしてるよな……」

 中村は、全然、悪くない。全然、悪くないのに……

「お前は悪くない。悪いのは、俺だから」
「……こんなことになっちまって……俺、さとちゃんに申し訳なくて……」

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