マネー・ドール -人生の午後-
 応接間の外では、中村が忙しそうに、無線で配車の連絡をしていた。
「悪いな、この通り、従業員兼社長なもんで」
「いや、忙しい時に来た俺が悪い」
「また、飲みに行こうぜ」
「ああ。車、ありがとう。乗って帰るわ」
「じゃあな。門田さんに、よろしく。おーい、さとちゃん、車の場所、教えてあげて」
はーい、と言って、聡子さんが走ってきた。

 聡子さんと杉本が、駐車場で見送ってくれた。
 あの日も、あの社宅でも、あの窓から、俺を、この二人は並んで、見送ってくれた。

「本当に、迷惑かけました」
「もういいって。また、みんなで遊びに行きましょう。ね、真純さん、お料理上手なんでしょ? 私、苦手なのよ。今度教えてもらいたいわ」
 屈託のない、笑顔。
 どうして、この人はこんなに、優しいんだろう。どうして、こんなに……何もかも、受けとめられるんだろう。
「言っておきます」
「あ、それから、これ……」
 聡子さんの手には、紙袋があって、その中には、タオルにくるまれた、あれ、があった。
「見たくないかもしれないけど……一応、返しとくね」
 俺は、初めて、予想を超えて、その現実の恐怖に襲われた。
「……大変なことになるところだったんだよね……」
「ケガ、お大事にって」
 微笑んで、聡子さんは俺の手を軽く握ってくれたけど、杉本は終始無言で、車を出した俺に、軽く会釈しただけだった。
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