マネー・ドール -人生の午後-
「所長、お電話です」
 若干居心地が悪くなっていた俺は、相田の呼び出しに、素直に席を立った。
「じゃあ、田山くん、俺はこれで。がんばりなよ、新しい所でも」
「はい。またお伺いします。よろしくお願いします」
 田山は立ち上がって、『美しいお辞儀』をした。なるほど、真純の教育かな。
 
 俺が席を立った後も、しばらく二人は笑顔で話していて、時々聞こえる笑い声に、俺はかなりの嫉妬心を滾らせて、不機嫌極まりない。
「おい、また間違ってるじゃないか! しっかりしろよ、藤木!」
 珍しく山内が声を荒げている。そうか、山内も機嫌が悪いのか!
 三十分ほどして、やっと田山が立ち上がって、俺の方へ歩いてきた。なんか、ほんとにモデルみたいだな。カッコつけやがって。
「では、佐倉さん、失礼します」
「ああ、見積もり、頼むね」
「はい。よろしくお願いします」
 田山は他の奴らにも軽く挨拶して、真純が、送ってくるね、と腕を組んで出て行くのを、山内が能面のような顔で見送っていた。
「どなたですか」
「あれ? 真純の元部下。独立したんだってよ」
「なんの会社ですか」
「店舗デザイン? かなんか。うちのリフォーム頼めって、真純が。またちょくちょく来るよ、あいつ」
「来るんですか……また」
 山内、一時休戦するか?

 窓の外を見ると、車の前でまだ二人は楽しそうに話していて、田山が真純の髪を触ったり、左手の傷痕を撫でたり。あいつ、堂々と!
「ちょっと、馴れ馴れしくないですか」
「そうなんだよ、あいつ、昔っから馴れ馴れしいんだよ」
 俺達はいつの間にか、窓辺に並んで、二人を見ている。

 何を話してるんだろう……あっ、田山の指が真純の耳に……あのイヤリングを触ってる! 触るな! 俺の真純に触るな!
 真純はくすぐったそうに笑って、田山の新たに加わったオシャレアイテム、顎のヒゲを触りはじめた。チクチクするね、とか言ってるんだろうなぁ。
 隣の山内は今にも爆発しそうで、手がわなわなと震えている。
「おいおい……マジか!」
 山内の声に、窓の外を見ると、田山が真純をハグしてるじゃないか!
 本気か! 本気で奪う気か! 田山、本気かよ!
 田山はちらりと俺たちの方を見て、軽く笑顔で会釈して、車に乗った。くそっ、見てること知ってて……なんて奴だ!

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