マネー・ドール -人生の午後-
 田山の車に手を振って、真純が手をこすりながら、事務所に帰ってきた。
「あー、寒かった。外、寒いよ」
「真純、ちょっと」
「何?」
 俺は真純の手を引いて、所長室に入った。確かに、真純の手が冷たい。いや、気温とかどうでもよくって。
「来週、社長さんと一緒に来るって」
「そんなこと、どうでもいい」
「よくないもん」
真純はちょっとムッとした。でも、それどころじゃない。
「田山の気持ち、わかってるだろ?」
「もう、前のことだもん。今は仕事のことしか考えられないんだって。今のお仕事ね、すごく楽しいみたい」
真純よ、そんなわけないだろう。下心、見え見えだったじゃないか!
「じゃあなんでさ、その、ハグしたりするんだよ。なんか、髪とか耳とかにもべたべた触って……」
「やだ、見てたの?」
「見えたんだよ!」
「そんなの、昔からだもん。田山くん、帰国子女なの。誰にでもするよ」
昔から! 昔から、田山はああやって、真純にべたべた触ってたのか!
「そんなことよりさ、リフォームのイメージ考えないと。あー、楽しみ!」
そんなこと……ほんとに、真純は……無邪気というか、小悪魔というか……
「キス」
「もう、また?」
「また」
抱きしめた真純からは、なんとなく、田山の匂いがする。
「田山のこと、好きじゃないよね?」
「またそんなこと。ねえ、さっきは山内くんのこと言ってたけど、どうしたの?」
「それは……その、真純が、他の男と、仲良くするから、その……」
ヤキモチ妬いてるんだよ!
「変なの」
真純はクスクス笑って、俺の唇に、チュッてキスをくれた。
「そろそろ帰るね」
ああ、もう四時か。一応、真純の定時は四時ってことになってる。
「うん。今日は早く帰るよ」
「何か食べたいもの、ある?」
「うーん、そうだなぁ。なんか、あったかいもの。シチューとか」
「じゃあ、シチューね。お買い物して帰らないと」
「駅まで送ろうか?」
「いい。ちょっとは運動しないと、太っちゃう。ここに来て、ちょっと太ったのよ。だって、みんなケーキとかしょっちゅうもらって来てくれるでしよ?」
真純、それはね、みんな、お前のために買って来てるんだよ。
 でも、確かに、ちょっとふっくらしたかな? 前が痩せすぎだったのかもしれないけど。
「じゃあ、お先に失礼します、所長」
「また、そんな言い方」
「お疲れさまでした」
「気をつけてね」

 しばらくして、トレンチコートを着た真純が、寒そうに歩いていくのが見えた。
 こうやって遠目で見ても、真純はカワイイなぁ。四十一には見えないよな。どう見ても、三十代前半。山内や田山より、年下に見えるもん。藤木と同じくらいに見える。
あ、今度、マフラー買ってやろう。手袋もいるかな。なんか、コートも欲しいとか言ってたなあ。オソロイで揃えちゃおっかな。
 あーあ、もう見えなくなった。はあ、なんだかつまんないな。俺ももう帰ろうかな……
と、デスクの書類の山を見て、ため息しかでない。真純のためだ、頑張ろうか!

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