マネー・ドール -人生の午後-
「久しぶりだな」
電話で何度か話したけど、会うのはあの事件ぶりだ。
「聡子さん、オメデタらしいじゃん。おめでとう」
「予定はなかったんやけどな」
杉本は照れくさそうに笑った。
「真純、元気か」
「ああ。キズも治って、元気にしてるよ」
「そうか、ならよかった」
「検査の結果、出たんだよ」
「ああ……」
封筒を渡すと、杉本は中の書類を見て、ため息をついた。
「他人ってことか」
「そういうことだな」
「真純は? このこと、知っとるんか」
「いや、検査のこと自体、話してない」
「なら、なんもなかったことにしよう」
「杉本……」
「兄妹かもしれん、でええんや」
杉本は、その運命が小さな文字でかかれた、薄い紙切れに火をつけた。
「あ……」
紙切れは炎をあげて、灰皿の上で、燃えてなくなった。
「聡子がな、気にしてるんや。真純が、傷ついたままやないかって。連絡してもらえんかな」
「真純も、聡子さんにちゃんと会って謝りたいって、ずっと言ってるよ」
「そうか……」
「妊娠したって聞いたら、きっと喜ぶよ」
 だけど、杉本は俯いたまま、定まらない視線で、俺を見た。
「なあ、佐倉。あの日な……真純とは、その、途中というか……」
「真純から聞いたよ」
「子供から、電話がかかってこなんだら、どうなってたかわからん……」
「過ぎたことだから……もう、正直、忘れたいんだ」
「そうか……すまん」
 杉本は、自分の心の整理がついていないようだった。真純への気持ちではなく、聡子さんや子供たちを裏切った自分が許せないんだろう。
「じゃ、そろそろ行くわ。悪かったな、仕事中に」
「ああ、またな」

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