マネー・ドール -人生の午後-
事務所では相変わらず、山内と真純がくっついて、勉強会をしている。
ほんとに、妹感情だけか? どうも、エロ心が見えるんだけどなあ。
でも、そのピンクの唇とか、ふわふわのオッパイとか、細い太ももとかに触れるのは世界で俺だけだからな。お前らは妄想でもしとけ。
「うん、なかなか、いい感じですね。多分、大丈夫ですよ」
「ほんと? 受かったらなんかお礼しなきゃ。何か、欲しいものある?」
「そうですね、じゃあ……」
山内は真純の耳元で何か言ってる。いちいち、キザなんだよ!
「えっ? もう、やだ、山内くん!」
な、何? 何て言ったんだ?
山内と真純は二人でクスクス笑って、俺は不機嫌極まりない。
「おい、相田、コーヒー!」
「あっ、はい!」
「さっさとやれ、バカ!」
「す、すみません!」
相田、お前は全く悪くないんだけどな……
「もう、またバカなんて言ってる。ダメだよ、そんなこと言ったら」
「うるさい! ここは俺の会社だ!」
「うるさいって何? 大声でうるさいのは所長でしょ」
「な、なんだよ!」
真純はむくれて、立ち上がった。
「相田くん、コーヒー、私が淹れるよ」
「あー、もういらない!」
「はあ? もう、バッカみたい。なんなの?」
久しぶりに出た! 真純の、バッカみたい。これを言う時は、ほんとに怒ってる時だ。
ぷんぷんしてる真純を、山内が優しくなだめる。
「まあまあ、真純さん、所長はここのところ忙しくて、お疲れなんですよ」
「そうなの? そんな風には全然見えないけど!」
真純はそう言い放って、コーヒーを淹れに行った。
「夫婦喧嘩は家でお願いしますよ」
山内は呆れ顔で、デスクに戻り、キーボードを叩き始めた。
ちっ! おもしろくねえ!
「俺のコーヒーは部屋に持って来て!」
「飲むんじゃない、結局! なんなのよ、もう!」
台所から真純の声が聞こえた。
くそっ! 山内と藤木がクスクス笑ってる。お前ら、減給!
デスクに座ってみても、仕事をする気にはならない。検査のことばかり気になって、うわの空だ。本当に、真純に言わなくていいんだろうか。いや、言うべきじゃないんだろうか。でも、あの紙切れは燃えてしまったし、杉本が言わない限り、あれは俺たちの記憶の中にしかない。
「失礼します」
仏頂面の真純がコーヒーを持ってきて、テーブルに、ガチャンと置いた。
「どうぞ」
「真純……あの……」
「何?」
「さっきは、その、ごめん」
「謝るのは私じゃなくて、相田くんでしょ?」
「ああ、そうか……」
「何か失敗したのならともかく、意味もなくあんなこと言うなんて」
真純は、立派な上司だったんだろうな。努力したんだろうなぁ。だって、下の奴らは、甘い顔すればすぐつけあがるし、厳しくすれば拗ねちまうし、何人辞めたか……あんなに、部下に慕われて、なのに、あんな形で辞めさせられて……真純の、あの悔し泣きを思い出すと、やりきれないな。
「後で、謝っとく」
「みんなね、慶太のこと尊敬してるって」
「そんなわけないだろ」
「どうしてそう思うの?」
「俺が部下なら、俺みたいな上司は嫌いだから」
「じゃあ、好きになるような上司になればいいじゃん」
え……そんな風に、考えたことなかったな……
「企画の仕事はね、頭の中がお花畑じゃないとできないのよ。とんでもないこと考えてね、私も新人のころはよく笑われたわ。そんなことできるわけないって。でも、できるわけないことをするのが企画なのよ。できるはずのことをしてても、意味がない。それをいかに実現化するか、それがね、企画。私自信もね、そうやって、自分をつくってきたの」
そうか。そうやって、自分もプロモーションしてきたんだ。都会の、いい女になるために、理想を追いかけて、一つ一つ、自分をつくりあげて、変えてきた。
「でもね……なんだか、いつの間にか、疲れちゃってた」
「充実してたんじゃないの?」
「確かにね、充実はしてた。仕事もうまくいって、部下の子も慕ってくれて、でも、なんか違うなって、思うようになってた。慶太と結婚して、セレブ生活を送れるようになって、自分のなりたかった自分になれたはずだった」
真純はちょっと寂しげに、小さなため息をついた。
「……今の生活、不満?」
そう言った俺に、ふと顔を上げて、にっこりと笑った。
「そんなわけないじゃん。とっても幸せよ」
だけど、それは、きっと、本心じゃない。真純は、別の人生を、探している。俺とじゃなくて……
「ああ、そうだ。聡子さん、妊娠したんだって」
「そうなんだ! 私達も、がんばらないとね」
俺は、真純の顔を、もう見れなかった。ブラインドの向こうに見える景色を、ぼんやりと見る視線の先には、きっと……いるんだよな……あいつが……
さっき会った杉本だってそうだ。
この二人はまだ……お互いを探し続けている。
「明日から、打ち合わせに入るよ」
「打ち合わせ? ああ、リフォームか。何時から?」
「えーと、明日は十四時から。予定、いい?」
「明日は特に何もなかったから、大丈夫だよ」
また焦ってしまった。大丈夫。俺達は夫婦なんだから。
こうやって、同じ時間を過ごして、同じことを考えて、同じことをしていれば、いつかきっと、真純は俺だけを見てくれるようになる。
真純だって、努力してるんだ。見守って、受けとめてやらないと。
「じゃ、伝票処理して、帰るね」
真純はすっかり、簡単な伝票処理はできるようになってて、さすがだと思う。仕事、できるんだな、ホントに。
さて、俺も仕事するか。早く帰って……妊活妊活。
ほんとに、妹感情だけか? どうも、エロ心が見えるんだけどなあ。
でも、そのピンクの唇とか、ふわふわのオッパイとか、細い太ももとかに触れるのは世界で俺だけだからな。お前らは妄想でもしとけ。
「うん、なかなか、いい感じですね。多分、大丈夫ですよ」
「ほんと? 受かったらなんかお礼しなきゃ。何か、欲しいものある?」
「そうですね、じゃあ……」
山内は真純の耳元で何か言ってる。いちいち、キザなんだよ!
「えっ? もう、やだ、山内くん!」
な、何? 何て言ったんだ?
山内と真純は二人でクスクス笑って、俺は不機嫌極まりない。
「おい、相田、コーヒー!」
「あっ、はい!」
「さっさとやれ、バカ!」
「す、すみません!」
相田、お前は全く悪くないんだけどな……
「もう、またバカなんて言ってる。ダメだよ、そんなこと言ったら」
「うるさい! ここは俺の会社だ!」
「うるさいって何? 大声でうるさいのは所長でしょ」
「な、なんだよ!」
真純はむくれて、立ち上がった。
「相田くん、コーヒー、私が淹れるよ」
「あー、もういらない!」
「はあ? もう、バッカみたい。なんなの?」
久しぶりに出た! 真純の、バッカみたい。これを言う時は、ほんとに怒ってる時だ。
ぷんぷんしてる真純を、山内が優しくなだめる。
「まあまあ、真純さん、所長はここのところ忙しくて、お疲れなんですよ」
「そうなの? そんな風には全然見えないけど!」
真純はそう言い放って、コーヒーを淹れに行った。
「夫婦喧嘩は家でお願いしますよ」
山内は呆れ顔で、デスクに戻り、キーボードを叩き始めた。
ちっ! おもしろくねえ!
「俺のコーヒーは部屋に持って来て!」
「飲むんじゃない、結局! なんなのよ、もう!」
台所から真純の声が聞こえた。
くそっ! 山内と藤木がクスクス笑ってる。お前ら、減給!
デスクに座ってみても、仕事をする気にはならない。検査のことばかり気になって、うわの空だ。本当に、真純に言わなくていいんだろうか。いや、言うべきじゃないんだろうか。でも、あの紙切れは燃えてしまったし、杉本が言わない限り、あれは俺たちの記憶の中にしかない。
「失礼します」
仏頂面の真純がコーヒーを持ってきて、テーブルに、ガチャンと置いた。
「どうぞ」
「真純……あの……」
「何?」
「さっきは、その、ごめん」
「謝るのは私じゃなくて、相田くんでしょ?」
「ああ、そうか……」
「何か失敗したのならともかく、意味もなくあんなこと言うなんて」
真純は、立派な上司だったんだろうな。努力したんだろうなぁ。だって、下の奴らは、甘い顔すればすぐつけあがるし、厳しくすれば拗ねちまうし、何人辞めたか……あんなに、部下に慕われて、なのに、あんな形で辞めさせられて……真純の、あの悔し泣きを思い出すと、やりきれないな。
「後で、謝っとく」
「みんなね、慶太のこと尊敬してるって」
「そんなわけないだろ」
「どうしてそう思うの?」
「俺が部下なら、俺みたいな上司は嫌いだから」
「じゃあ、好きになるような上司になればいいじゃん」
え……そんな風に、考えたことなかったな……
「企画の仕事はね、頭の中がお花畑じゃないとできないのよ。とんでもないこと考えてね、私も新人のころはよく笑われたわ。そんなことできるわけないって。でも、できるわけないことをするのが企画なのよ。できるはずのことをしてても、意味がない。それをいかに実現化するか、それがね、企画。私自信もね、そうやって、自分をつくってきたの」
そうか。そうやって、自分もプロモーションしてきたんだ。都会の、いい女になるために、理想を追いかけて、一つ一つ、自分をつくりあげて、変えてきた。
「でもね……なんだか、いつの間にか、疲れちゃってた」
「充実してたんじゃないの?」
「確かにね、充実はしてた。仕事もうまくいって、部下の子も慕ってくれて、でも、なんか違うなって、思うようになってた。慶太と結婚して、セレブ生活を送れるようになって、自分のなりたかった自分になれたはずだった」
真純はちょっと寂しげに、小さなため息をついた。
「……今の生活、不満?」
そう言った俺に、ふと顔を上げて、にっこりと笑った。
「そんなわけないじゃん。とっても幸せよ」
だけど、それは、きっと、本心じゃない。真純は、別の人生を、探している。俺とじゃなくて……
「ああ、そうだ。聡子さん、妊娠したんだって」
「そうなんだ! 私達も、がんばらないとね」
俺は、真純の顔を、もう見れなかった。ブラインドの向こうに見える景色を、ぼんやりと見る視線の先には、きっと……いるんだよな……あいつが……
さっき会った杉本だってそうだ。
この二人はまだ……お互いを探し続けている。
「明日から、打ち合わせに入るよ」
「打ち合わせ? ああ、リフォームか。何時から?」
「えーと、明日は十四時から。予定、いい?」
「明日は特に何もなかったから、大丈夫だよ」
また焦ってしまった。大丈夫。俺達は夫婦なんだから。
こうやって、同じ時間を過ごして、同じことを考えて、同じことをしていれば、いつかきっと、真純は俺だけを見てくれるようになる。
真純だって、努力してるんだ。見守って、受けとめてやらないと。
「じゃ、伝票処理して、帰るね」
真純はすっかり、簡単な伝票処理はできるようになってて、さすがだと思う。仕事、できるんだな、ホントに。
さて、俺も仕事するか。早く帰って……妊活妊活。