マネー・ドール -人生の午後-
「ちょっと、たいへんなの」
「どうしたの! 何!」
もう、声が大きい……電話が壊れそう。
「あのね、凛ちゃんが来てるの」
「凛ちゃん? 誰?」
「将吾の、上のお姉ちゃんよ」
「ああ、あの子か! え? うちにいるの?」
「そうなの。私がいない間に来たらしくて……」
「なんで?」
「それがね……聡子さん、家出したみたいで……」
「ええ! 家出!」
「うん……もう三日、連絡もないんだって。なのにね、将吾が探そうとしないって、凛ちゃんが泣いてるの……私から探すように言って欲しいって、言いに来たのよ」
「マジかよ……」
「ねえ、聡子さん、お腹に赤ちゃんいるのよね……大丈夫かな……」
「そうだな。中村に聞いてみるよ、何か知ってるかもしれない」
「うん……私からは、ちょっと……言いにくいから……」
「また、連絡する。とりあえず、凛ちゃんはうちにいさせてあげて」

 リビングに戻ると、凛ちゃんがティッシュにクッキーを包んでいた。
「このクッキー、持って帰っていい?」
「いいわよ。どうして?」
「碧に持って帰ってあげるの」
「まあ、優しいのね。それなら、まだあるから、碧ちゃんの分はそれを持って帰ればいいわ」
「うん」
「今、おじさんに連絡してもらってるからね」
「慶太おじさん?」
「そうよ」
「ママね、おじさんのこと、いっつもイケメンだって言ってるよ」
「まあ、そうなの?」
「タイプなんだって」
凛ちゃんは、クスクス笑った。
「パパと全然ちがうよね」
「そうねえ」
 さすが、女の子ね。こんなことも話せるようになるんだ。
「ねえ、どうやってここまで来たの?」
「暑中見舞いの住所見て、電車で来たの」
「住所だけで? スゴイね」
「ネットで調べたらすぐわかったよ」
ああ、ネット……なるほど。
「学校にパソコンがあるから、それで調べたの」
「へえ、学校にパソコンがあるんだ!」
「うん。授業もあるよ」
「授業? パソコンの時間?」
「知らないの?」
「初めて知った」
そうなんだ。そりゃそうよね。パソコン使えないと、仕事にもありつけないもん。
 凛ちゃんは最近の学校事情をいろいろ教えてくれて、私はもうビックリすることばかりで、ジェネレーションギャップ。ついていけるかしら。
「あ、おじさんから電話だ。ちょっと待っててね……もしもし? どうだった?」
「……今から、杉本が迎えに来るから」
「将吾が?」
「聡子さん、中村の家にいるらしいんだよ」
「ああ、そうなの……元気なの?」
「まあ、元気は元気らしい。でも……」
「何?」
「流産したんだって。そのことで、杉本とケンカになったらしい」
「そんな……たいへんじゃない。いたわってあげないと」
「夫婦のことだからな……とにかく、杉本が来たら、えーと、凛ちゃん、よろしくな」
 流産……そんな悲しいことがあったなんて……でも、どうしてこんなことに……

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