マネー・ドール -人生の午後-
「おじさーん、もうあがっていい?」
お風呂から凛ちゃんの声が聞こえた。
「ちゃんとあったまった?」
「うん。もう熱い」
「じゃあ、あがっていいよ」
慶太は嬉しそうに、ドライヤーかけないとって、部屋からドライヤーを持ってきた。
「髪乾かそう。風邪ひくから」
「凛が先!」
「碧が先だもん!」
「ちょっと、じゃあ、ジャンケン。ジャンケンして。勝った方からね」
結局、碧ちゃんが勝って、凛ちゃんはつまらなさそうにイスに座ってる。
「凛ちゃん、お水飲む? 喉かわかない?」
「飲む! ねえ、おばさん家のシャンプー、すっごくいい匂いするね」
「そうかしら」
「おばさんもおじさんも、いい匂いする」
慶太はちょっと、香水キツイのよね。前々から思ってたけど。加齢臭、気にしてるのかしら。
「おじさんは、なんかちょっと、匂いすぎだと思わない?」
「うーん、わかんない」
そりゃそうか。
ああ、やっと終わった。さすがに五人分の片付けは大変ね。聡子さん、毎日、大変だろうなあ。
「凛ちゃん、おいで!」
慶太は嬉しそうに、凛ちゃんの髪にドライヤーをあてて、時々碧ちゃんの話を耳元で聞いて、笑ってる。
「さあ、乾いた。もう寝ようか、十時半だ」
「うん。ねえ、どこで寝るの?」
「こっちだよ」
寝室のベッドを見て、予想通り、大はしゃぎしてる。
「おっきなベッド!」
「お布団フワフワだね!」
「あー、ちょっと、跳ばないで。ホコリが……」
「おじさんもここで寝るの?」
「寝てもいいの?」
「碧がおじさんの隣だもん!」
「凛も隣がいい!」
「えー? じゃあ……おじさんが真ん中? まいったなあ」
「ねえ、本読んで」
「本? なんかあったかな……会計の本でもいい?」
いいわけないじゃん!
「かいけい? 何それ。碧ね、持ってきたの。毎晩ね、寝る時、パパかママが本読んでくれるんだよ」
あ、そういえば、聡子さんから電話ないよね。どうしたのかしら。
「そ、じゃあ、読んだら、もう寝るんだよ」
「はーい」
本を読む慶太の声は優しくて、直に娘ちゃん達の声は聞こえなくなった。
「寝た寝た」
「おつかれさま」
「あれ? まだ風呂入ってなかったの?」
「うん……あのね、実は今日、夕方に聡子さんから電話があったの。それで私、声だけでも聞かせてあげてって、お願いしたんだけど……まだかかってこないの……何かあったのかしら。かけてみていいかな」
慶太の顔から笑みが消えて、新しいビールを開ける音が、ブシュッて響いた。
「慶太?」
「俺が言ったんだよ」
「え? 何を?」
「電話しないでくれって」
「どうして? 声だけでも聞けば安心するわ、きっと」
「声を聞けば、ガマンできなくなる。あれでも、子供たちはギリギリなんだよ。必死でガマンしてる」
「でも……」
「聡子さん、かなり酷いらしいんだよ」
「……将吾はアザがあるだけだって……」
「そんなわけないだろう。あの杉本に、力任せに気を失うまで殴られたんだ。肋骨と、顎、鼻、頬骨の骨折、全治二ヶ月だって」
「気を失う……? そんな……なんでそんなことに……信じられない……」
「病院にも行ってなかったらしい。どうしたのか聞かれるから、行けないって。だから、今日、松永さんの知り合いの整形外科で診てもらったんだ。明日手術して、しばらく入院だ」
「それで、早かったの?」
「まあな。でも、杉本もどうしたのか……」
「前々から、暴力はあったって……」
「聡子さんにはな。前に勤めてた会社が倒産した時に、杉本、かなり辛い目にあったらしいんだよ。その頃から……涼くんに手を出し初めて、徐々に凛ちゃんや碧ちゃんにも……でも、そんなことは言い訳にはならない。どうにかして、杉本を止めてやらないと」
「慶太……どうして? そんなに……」
「杉本は、友達だからな」
友達……慶太、将吾のこと、そんな風に言ってくれるんだ……でも……
「……将吾の暴力は、私のせいかもしれない……」
「真純の? なんで」
「将吾、私には一度も手をあげたことなんてなかったの。だから、私、本当に信じられなくて……でも、将吾……それは、満たされてたからだって……泣いたの……」
慶太は、私の肩を優しく抱いてくれた。
「私のせいなのよ……私のせいで……また、傷つく人が……」
「たとえそうでも、言い訳にはならない。杉本のやってることは、間違ってる」
「……うん……」
「とりあえずは、凛ちゃんと碧ちゃんが寂しい思いをしないように、してやらないとな」
お風呂から凛ちゃんの声が聞こえた。
「ちゃんとあったまった?」
「うん。もう熱い」
「じゃあ、あがっていいよ」
慶太は嬉しそうに、ドライヤーかけないとって、部屋からドライヤーを持ってきた。
「髪乾かそう。風邪ひくから」
「凛が先!」
「碧が先だもん!」
「ちょっと、じゃあ、ジャンケン。ジャンケンして。勝った方からね」
結局、碧ちゃんが勝って、凛ちゃんはつまらなさそうにイスに座ってる。
「凛ちゃん、お水飲む? 喉かわかない?」
「飲む! ねえ、おばさん家のシャンプー、すっごくいい匂いするね」
「そうかしら」
「おばさんもおじさんも、いい匂いする」
慶太はちょっと、香水キツイのよね。前々から思ってたけど。加齢臭、気にしてるのかしら。
「おじさんは、なんかちょっと、匂いすぎだと思わない?」
「うーん、わかんない」
そりゃそうか。
ああ、やっと終わった。さすがに五人分の片付けは大変ね。聡子さん、毎日、大変だろうなあ。
「凛ちゃん、おいで!」
慶太は嬉しそうに、凛ちゃんの髪にドライヤーをあてて、時々碧ちゃんの話を耳元で聞いて、笑ってる。
「さあ、乾いた。もう寝ようか、十時半だ」
「うん。ねえ、どこで寝るの?」
「こっちだよ」
寝室のベッドを見て、予想通り、大はしゃぎしてる。
「おっきなベッド!」
「お布団フワフワだね!」
「あー、ちょっと、跳ばないで。ホコリが……」
「おじさんもここで寝るの?」
「寝てもいいの?」
「碧がおじさんの隣だもん!」
「凛も隣がいい!」
「えー? じゃあ……おじさんが真ん中? まいったなあ」
「ねえ、本読んで」
「本? なんかあったかな……会計の本でもいい?」
いいわけないじゃん!
「かいけい? 何それ。碧ね、持ってきたの。毎晩ね、寝る時、パパかママが本読んでくれるんだよ」
あ、そういえば、聡子さんから電話ないよね。どうしたのかしら。
「そ、じゃあ、読んだら、もう寝るんだよ」
「はーい」
本を読む慶太の声は優しくて、直に娘ちゃん達の声は聞こえなくなった。
「寝た寝た」
「おつかれさま」
「あれ? まだ風呂入ってなかったの?」
「うん……あのね、実は今日、夕方に聡子さんから電話があったの。それで私、声だけでも聞かせてあげてって、お願いしたんだけど……まだかかってこないの……何かあったのかしら。かけてみていいかな」
慶太の顔から笑みが消えて、新しいビールを開ける音が、ブシュッて響いた。
「慶太?」
「俺が言ったんだよ」
「え? 何を?」
「電話しないでくれって」
「どうして? 声だけでも聞けば安心するわ、きっと」
「声を聞けば、ガマンできなくなる。あれでも、子供たちはギリギリなんだよ。必死でガマンしてる」
「でも……」
「聡子さん、かなり酷いらしいんだよ」
「……将吾はアザがあるだけだって……」
「そんなわけないだろう。あの杉本に、力任せに気を失うまで殴られたんだ。肋骨と、顎、鼻、頬骨の骨折、全治二ヶ月だって」
「気を失う……? そんな……なんでそんなことに……信じられない……」
「病院にも行ってなかったらしい。どうしたのか聞かれるから、行けないって。だから、今日、松永さんの知り合いの整形外科で診てもらったんだ。明日手術して、しばらく入院だ」
「それで、早かったの?」
「まあな。でも、杉本もどうしたのか……」
「前々から、暴力はあったって……」
「聡子さんにはな。前に勤めてた会社が倒産した時に、杉本、かなり辛い目にあったらしいんだよ。その頃から……涼くんに手を出し初めて、徐々に凛ちゃんや碧ちゃんにも……でも、そんなことは言い訳にはならない。どうにかして、杉本を止めてやらないと」
「慶太……どうして? そんなに……」
「杉本は、友達だからな」
友達……慶太、将吾のこと、そんな風に言ってくれるんだ……でも……
「……将吾の暴力は、私のせいかもしれない……」
「真純の? なんで」
「将吾、私には一度も手をあげたことなんてなかったの。だから、私、本当に信じられなくて……でも、将吾……それは、満たされてたからだって……泣いたの……」
慶太は、私の肩を優しく抱いてくれた。
「私のせいなのよ……私のせいで……また、傷つく人が……」
「たとえそうでも、言い訳にはならない。杉本のやってることは、間違ってる」
「……うん……」
「とりあえずは、凛ちゃんと碧ちゃんが寂しい思いをしないように、してやらないとな」