マネー・ドール -人生の午後-
(4)
無事、簿記検定は合格。約束の『お兄ちゃんデート』の帰り、山内くんが、寄りたい場所があるって。
「お時間、よろしいですか?」
時間はまだ二時。
「うん、大丈夫だよ」
幹線道路を抜けて、郊外を抜けて、着いた場所は、病院。海の見える、静かな場所。
明るい廊下を通って、ドアを開けた部屋は個室で、大きな窓があって、とても明るい。
ベッドに座っていたのは、私より、少し年上か、同じくらいの、痩せた女の人。誰だろう。……もしかして、恋人?
「あら、けんちゃん。こんな時間にめずらしいわね」
「具合、どう?」
山内くんは、いつになく優しい顔で、彼女に言った。
「このところ、調子がいいの……そちらは、もしかして?」
「佐倉真純さん。真純さん、姉です」
「お姉さま? まあ、はじめまして。佐倉です。山内くんには、とてもお世話になっています」
「姉の、知美です。お噂は、賢治から、かねがね」
「ちょっと、ねえさん。すみません。真純さんの、ファンなんですよ、姉」
「ファン?」
「美人で、頭が良くて、仕事ができて、優しい人だって、そう紹介したら、会いたいってしつこいから……すみません、勝手に」
山内くんは、てれくさそうに言って、洗濯してくる、と出て行った。
「ごめんなさいねえ、まさか、本当にお呼びするなんて……」
「いいえ、お会いできて嬉しいです。でも、なんだか恥ずかしいわ。がっかりされたんじゃないかしら」
「とんでもない。想像以上に、素敵な方で、びっくりしちゃった」
知美さんは、痩せてるけど、とてもきれいな人で、山内くんと仲良い姉弟なんだろうなって、ちょっと、羨ましい。
「お体、どうされたんですか?」
「昔からね、心臓が弱くて。赤ちゃんの時から、出たり入ったりよ」
優しく微笑んだ知美さんは、とても気さくで明るくて、私達は、すっかり打ち解けて、昔からの友達みたい。
「この病院もね、けんちゃんが選んでくれたの。たぶん、結構かかってると思うの。二十四時間看護だし、設備もいいし……あの子、私のために、独身でいるのかと思うとね……」
そう……なんだ……
慶太は、山内くんは報酬しか興味ないやつだって言ってたけど、きっとお姉さんのために、一生懸命、働いてるんだ……
「もう、いいのにね。私なんて、どうせ長くないんだから」
「そんなこと……」
「学校なんて、半分も行ってないの。ずっと休んでるから、当然友達もいないでしょう。毎年ね、クラスの子達が、千羽鶴をくれるの。先生が言うんでしょうね。早く元気になってねって、担任の先生が持ってきてくれるけど……厄介な生徒なんだろうなって、子供心に思ったわ」
部屋の片隅に、色褪せた千羽鶴が、何個も吊るしてある。
「何度も大きな手術をしてね。海外にも行ったわ。ディズニーランドにも行ったことないのに、海外には何度も行った。ただ、手術するために。幸か不幸か、うちは裕福でね。両親は、私を少しでも長生きさせようと、お金も、時間も、労力も、惜しまなかった。……でもね……」
知美さんが、何を言いたいのか、わかる気がした。
意味。
生きている、意味。
私も、そうだった。私も、全然違うけど、生きてる意味が、ずっとわからなかった。
「羨ましいわ、真純さんが。ご主人も、素敵な方なんでしょう? 私なんて……恋もしたことないのよ。きっと、恋もせずに、死んでいくのね」
くらべることじゃないけれど、知美さんの言う通り、私は、幸せ。
つらい時代もあったけど、今は……
「ごめんなさい、変なこと言って」
「ううん。ねえ、知美さん、お友達になってくれる?」
「ええ、喜んで。嬉しいわ。私ね、友達、全然いないのよ」
「私も、いないの。似た者同士ね」
二人で笑った。
本当に、私と知美さんは、全く違う人生を生きてきたけど、なぜか、私達は、同じだった。
「お時間、よろしいですか?」
時間はまだ二時。
「うん、大丈夫だよ」
幹線道路を抜けて、郊外を抜けて、着いた場所は、病院。海の見える、静かな場所。
明るい廊下を通って、ドアを開けた部屋は個室で、大きな窓があって、とても明るい。
ベッドに座っていたのは、私より、少し年上か、同じくらいの、痩せた女の人。誰だろう。……もしかして、恋人?
「あら、けんちゃん。こんな時間にめずらしいわね」
「具合、どう?」
山内くんは、いつになく優しい顔で、彼女に言った。
「このところ、調子がいいの……そちらは、もしかして?」
「佐倉真純さん。真純さん、姉です」
「お姉さま? まあ、はじめまして。佐倉です。山内くんには、とてもお世話になっています」
「姉の、知美です。お噂は、賢治から、かねがね」
「ちょっと、ねえさん。すみません。真純さんの、ファンなんですよ、姉」
「ファン?」
「美人で、頭が良くて、仕事ができて、優しい人だって、そう紹介したら、会いたいってしつこいから……すみません、勝手に」
山内くんは、てれくさそうに言って、洗濯してくる、と出て行った。
「ごめんなさいねえ、まさか、本当にお呼びするなんて……」
「いいえ、お会いできて嬉しいです。でも、なんだか恥ずかしいわ。がっかりされたんじゃないかしら」
「とんでもない。想像以上に、素敵な方で、びっくりしちゃった」
知美さんは、痩せてるけど、とてもきれいな人で、山内くんと仲良い姉弟なんだろうなって、ちょっと、羨ましい。
「お体、どうされたんですか?」
「昔からね、心臓が弱くて。赤ちゃんの時から、出たり入ったりよ」
優しく微笑んだ知美さんは、とても気さくで明るくて、私達は、すっかり打ち解けて、昔からの友達みたい。
「この病院もね、けんちゃんが選んでくれたの。たぶん、結構かかってると思うの。二十四時間看護だし、設備もいいし……あの子、私のために、独身でいるのかと思うとね……」
そう……なんだ……
慶太は、山内くんは報酬しか興味ないやつだって言ってたけど、きっとお姉さんのために、一生懸命、働いてるんだ……
「もう、いいのにね。私なんて、どうせ長くないんだから」
「そんなこと……」
「学校なんて、半分も行ってないの。ずっと休んでるから、当然友達もいないでしょう。毎年ね、クラスの子達が、千羽鶴をくれるの。先生が言うんでしょうね。早く元気になってねって、担任の先生が持ってきてくれるけど……厄介な生徒なんだろうなって、子供心に思ったわ」
部屋の片隅に、色褪せた千羽鶴が、何個も吊るしてある。
「何度も大きな手術をしてね。海外にも行ったわ。ディズニーランドにも行ったことないのに、海外には何度も行った。ただ、手術するために。幸か不幸か、うちは裕福でね。両親は、私を少しでも長生きさせようと、お金も、時間も、労力も、惜しまなかった。……でもね……」
知美さんが、何を言いたいのか、わかる気がした。
意味。
生きている、意味。
私も、そうだった。私も、全然違うけど、生きてる意味が、ずっとわからなかった。
「羨ましいわ、真純さんが。ご主人も、素敵な方なんでしょう? 私なんて……恋もしたことないのよ。きっと、恋もせずに、死んでいくのね」
くらべることじゃないけれど、知美さんの言う通り、私は、幸せ。
つらい時代もあったけど、今は……
「ごめんなさい、変なこと言って」
「ううん。ねえ、知美さん、お友達になってくれる?」
「ええ、喜んで。嬉しいわ。私ね、友達、全然いないのよ」
「私も、いないの。似た者同士ね」
二人で笑った。
本当に、私と知美さんは、全く違う人生を生きてきたけど、なぜか、私達は、同じだった。