マネー・ドール -人生の午後-
「こんにちは。ケーキ、買ってきちゃった」
私の顔を見て、知美さんは、にっこり、微笑んでくれた。
「素敵なカップね!」
「お気に入りなの。もう、二十年以上使ってるのよ」
持ってきたリバティのティーセットに、ケーキと紅茶を淹れて、私達は、窓の外の海を見ながら、いろんな話をした。
「中学一年か、二年の頃ね。けんちゃんがうちに来たの。私ねえ、その時、思ったの。ああ、私、もうすぐ死ぬんだなって」
「どうして?」
「私は遅くにできた子でね。父は会社をやってたんだけど、私がこんな体だから、もう、結婚も諦めてたんでしょう。後継が欲しかったんだと思う。見切りをつけられたって、思ったわ。でも、しかたないよね。本当に、いつ死んでもおかしくないんだから」
知美さんは、紅茶を一口飲んで、ふっと笑った。
「それなのに、私ったら、しぶとく生きちゃって。両親は、とっても私に優しかった。私の言うことは、なんでもきいてくれた。ワガママを言っても、何を言っても、怒らなかった。この子は可哀想な子だから、この子は長くないんだからって、いつも、そう言われてる気がしてた」
お金があれば、あの生活から抜け出せると思ってたけど……そうじゃなかった。お金があっても……私……
「けんちゃんはね、両親の期待に必死で応えようとしてた。遊びもせずに、毎日毎日勉強して、東大にいって……だけどね……結局、後継にはしなかった」
「何か、あったの?」
「私にね、縁談が来たの。その頃は、私の体もずいぶん良くなってて、入院することもなくなってた。取引先の社長の息子さんで、俗に言う、政略結婚ってやつ。恋も愛も知らないのに、私は形だけの結婚をして、療養って名目で、田舎の別荘に閉じ込められて。夫の顔なんて、お見合いと、結婚式に見たくらいよ。結局ね、子供も生めない私は、両親が亡くなった時に離婚されて、会社は乗っ取られて……全く、何のために生きてるのかしらね。自分の無力さに、笑っちゃった」
知美さんも、ずっと、空白だった。
でも、私は、恋をした。将吾と愛し合って、今は慶太という、夫もいる。
意味。きっと、空白が……田山くんの言ってた、意味。
新しい自分になるための、意味だった。
「私より、けんちゃんがかわいそうでね……けんちゃん、両親の言うなりに、頑張ってきたのに……あの子、まだ、独身でしょう? 私のためなのよ、きっと。優しい子だから、私に気を使って、恋人もつくらないのよ。病院のことも、生活のことも、ずっとみてくれてる。私なんて、もう死んだほうが……」
「そんなこと、言わないで」
こんなの、悲しすぎる。
知美さんも、山内くんも、何も悪くないじゃない。私みたいに、誰かを傷つけたわけでもなく、裏切ったわけでもなく……どうして? この二人が、幸せになるの、邪魔しているの、何?
そうね、きっと……優しさ……お互いを思いやるあまりに……二人は……
「恋、してみたかった」
「今からでも、できるよ」
「誰と? 私なんて……」
「山内くんと、本当の姉弟じゃないのよね?」
私の言葉に、知美さんは、ドキッとしたように、目をそらした。
「知美さんのこと、大切に思ってるよ、彼」
「優しい子なのよ」
「そうね、優しいわ、山内くん」
気が、ついているのね。知美さんは、山内くんの気持ちに、気がついてる。
そして、知美さんも、自分の気持ちに、気がついてる。
「恋、してるじゃない」
「真純さん、私……どうしたらいいか、わからないの。けんちゃんは……私のこと……どう思ってるのか……」
「知美さんと、同じ気持ちじゃないかしら」
「おばさんなのに、そんな、いまさら……おかしいよ、そんなの……」
「ねえ、恋に年齢なんて、関係ないんじゃない? 私もね、夫と……ラブラブなの。年甲斐もなく、恋、してる」
慶太に、恋。
そうね、私、慶太に恋してる。慶太のこと、好きだもん。
「けんちゃん、本当に恋人いないの?」
「いないみたいよ」
私の顔を見て、知美さんは、にっこり、微笑んでくれた。
「素敵なカップね!」
「お気に入りなの。もう、二十年以上使ってるのよ」
持ってきたリバティのティーセットに、ケーキと紅茶を淹れて、私達は、窓の外の海を見ながら、いろんな話をした。
「中学一年か、二年の頃ね。けんちゃんがうちに来たの。私ねえ、その時、思ったの。ああ、私、もうすぐ死ぬんだなって」
「どうして?」
「私は遅くにできた子でね。父は会社をやってたんだけど、私がこんな体だから、もう、結婚も諦めてたんでしょう。後継が欲しかったんだと思う。見切りをつけられたって、思ったわ。でも、しかたないよね。本当に、いつ死んでもおかしくないんだから」
知美さんは、紅茶を一口飲んで、ふっと笑った。
「それなのに、私ったら、しぶとく生きちゃって。両親は、とっても私に優しかった。私の言うことは、なんでもきいてくれた。ワガママを言っても、何を言っても、怒らなかった。この子は可哀想な子だから、この子は長くないんだからって、いつも、そう言われてる気がしてた」
お金があれば、あの生活から抜け出せると思ってたけど……そうじゃなかった。お金があっても……私……
「けんちゃんはね、両親の期待に必死で応えようとしてた。遊びもせずに、毎日毎日勉強して、東大にいって……だけどね……結局、後継にはしなかった」
「何か、あったの?」
「私にね、縁談が来たの。その頃は、私の体もずいぶん良くなってて、入院することもなくなってた。取引先の社長の息子さんで、俗に言う、政略結婚ってやつ。恋も愛も知らないのに、私は形だけの結婚をして、療養って名目で、田舎の別荘に閉じ込められて。夫の顔なんて、お見合いと、結婚式に見たくらいよ。結局ね、子供も生めない私は、両親が亡くなった時に離婚されて、会社は乗っ取られて……全く、何のために生きてるのかしらね。自分の無力さに、笑っちゃった」
知美さんも、ずっと、空白だった。
でも、私は、恋をした。将吾と愛し合って、今は慶太という、夫もいる。
意味。きっと、空白が……田山くんの言ってた、意味。
新しい自分になるための、意味だった。
「私より、けんちゃんがかわいそうでね……けんちゃん、両親の言うなりに、頑張ってきたのに……あの子、まだ、独身でしょう? 私のためなのよ、きっと。優しい子だから、私に気を使って、恋人もつくらないのよ。病院のことも、生活のことも、ずっとみてくれてる。私なんて、もう死んだほうが……」
「そんなこと、言わないで」
こんなの、悲しすぎる。
知美さんも、山内くんも、何も悪くないじゃない。私みたいに、誰かを傷つけたわけでもなく、裏切ったわけでもなく……どうして? この二人が、幸せになるの、邪魔しているの、何?
そうね、きっと……優しさ……お互いを思いやるあまりに……二人は……
「恋、してみたかった」
「今からでも、できるよ」
「誰と? 私なんて……」
「山内くんと、本当の姉弟じゃないのよね?」
私の言葉に、知美さんは、ドキッとしたように、目をそらした。
「知美さんのこと、大切に思ってるよ、彼」
「優しい子なのよ」
「そうね、優しいわ、山内くん」
気が、ついているのね。知美さんは、山内くんの気持ちに、気がついてる。
そして、知美さんも、自分の気持ちに、気がついてる。
「恋、してるじゃない」
「真純さん、私……どうしたらいいか、わからないの。けんちゃんは……私のこと……どう思ってるのか……」
「知美さんと、同じ気持ちじゃないかしら」
「おばさんなのに、そんな、いまさら……おかしいよ、そんなの……」
「ねえ、恋に年齢なんて、関係ないんじゃない? 私もね、夫と……ラブラブなの。年甲斐もなく、恋、してる」
慶太に、恋。
そうね、私、慶太に恋してる。慶太のこと、好きだもん。
「けんちゃん、本当に恋人いないの?」
「いないみたいよ」