マネー・ドール -人生の午後-
 私は、将吾を連れて、聡子さんの病室へ戻った。聡子さんは、目を覚ましていて、私と将吾の姿に、ふと、俯いた。

「将吾、聡子さんに話して。私を選ぶって、聡子さんに言って。早く言ってよ。何もかも捨てるんでしょう? この人のことも、子供たちも、何もかも捨てて、私を選ぶんでしょう?」
「真純……お前……」
「早く言いなさいよ。ねえ、早く! はっきり、偽物のお前なんかもういらないって、本物の真純を選ぶって、言いなさいよ!」

 ねえ、言えないでしょう? 将吾……あなたはね、愛してるのよ……聡子さんのこと。子供たちのこと……もうね、私のことなんて……

「将吾……いいのよ」
 何も言えないまま、呆然と立ちすくむ将吾に、聡子さんは、優しく言った。
「真純さんのこと、ずっと待ってたんだから……いいのよ。もう、いいのよ……私、充分、幸せだったから……」
 
 聡子さんは、泣きもせず、ただ、微笑んで、でも、寂しい顔で、悲しい目で、ただ……

 その顔は、昔の、私。
 虐待され、いじめられ、孤独で、寂しさに打ちひしがれていた、あの頃の、私。

 将吾……あなたが好きな私はね、もういないの。
 寂しい顔をした、門田真純はね、もう、いなんだよ。あなたが守りたかった、あなたが守ってくれた、門田真純は、今はもう、佐倉真純になって、何の不自由もなく、きれいな顔で、暮らしているわ。もう、あなたに守られなくてもね……いいのよ……
 わかっているんでしょう? 本当は、わかってるんでしょう?

「お前が……お前がそんなやから……お前がそんなやから、俺は、俺は、真純を追いかけてしまうんや! そんな顔、そんな寂しい顔するから、昔の真純みたいな顔で、そんな目で俺を見るから……聡子……聡子……俺は……」

 将吾は、私を通り過ぎて、その、包帯の顔を、大きな手で、そっと覆った。
「聡子、お前を、愛してるんや……真純に似たお前やなくて、聡子、お前を……愛しとる」
「将吾、本当に?」
 彼は頷いて、私に、涙の滲んだ、赤い目を向けた。
「真純……すまん……」
「……バッカみたい……早く、子供たち、迎えに来てよね……もう疲れちゃった」
 
 これで、いいんだよね。

 ドアが、閉まった。
 きっと、もう、これで、あの二人は、ううん、あの家族は、本当に、幸せになる。

 これで……将吾、私……少しは、罪滅ぼし、できたかな……

 そして、慶太……私、あなたのこと、本当に苦しめてたね……本当に、傷つけてたね……
 私……こんな私……もう、あなたに、愛される資格、ないよね……

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