マネー・ドール -人生の午後-
三好の一件では、松永さんに、随分手をやかせてしまった。気乗りはしないけど、なんとか依頼を全うして、票集めのために、広島へ入った。
久しぶりに見たお母さんは、正直、びっくりするほど綺麗になっていて、真純には言えないけど……よく似た笑顔で俺達を出迎えてくれた。
「ご結婚おめでとうございます」
「おめでとうやなんか、恥ずかしだけえ。真純、あんばいしとる?」
「ええ、元気ですよ」
あれから、何度か金の催促があったけど、真純は金は送らないと聞かず、こっそり俺が送金していた。
三好と松永さんは応援演説のことで、二人で話し込んでいる。はあ、ほんとに、迷惑かけてるな、俺……
「慶太さん、ちょっと、ええかね」
「なんでしょうか」
お母さんは、デスクの引き出しから、書類を一枚、出した。
「これは……」
「真純とは、縁を切ろうおもてねえ」
絶縁状。
「あの三好ゆうのはね、早い話、地主のドラ息子なんじゃ。そやから、こないして地元で偉そうな顔できる。知っとるやろ、あんな男、金しか能のない、クズみたいな人間じゃ」
まさか……じゃあ、この結婚は……
「世間ゆうもんは、狭いもんじゃ。まさか、あんたのお父さんのところにおったやなんてねえ」
「脅されたんですか」
「まあ、私も、ええ暮らしができるんやったら、それでかまわんから」
お母さんは、タバコをふかして、寂しげな目をした。その目は……真純とよく似ていた。
「必死じゃった。生きるためになあ。……あの子には……悪かったおもとる」
「真純に、そう言ってやってください」
「今さら、何を言うても、あの子は聞かんじゃろ。私に似て、ガンコやけ」
お母さんの指には、ダイヤが光っていて、手首にはシャネルの時計が動いている。
「親子の縁を切ることくらいしか、もうしてやれることはないけえ」
必死だったんだろう。だけど……間違ってましたね、お母さん。
母親として、人として、あなたは間違ってました。
「弁護士を介しましょう。プロに任せたほうがいい」
「よろしく」
「お母さん、ひとつ、聞いてもいいですか」
「なにかね」
「真純のこと、可愛くなかったんですか」
その質問に、お母さんは、ふっと笑った。
「あの子はねえ、可愛くない子やった。怒鳴られても、殴られても、何されても、泣かんのや。子供らしくない、子供やった。じいっとな、何も言わんと、平気な顔して……よう、殴った……」
最後の言葉を呟いて、彼女は、自分の右手を握りしめた。
「……三好に金をもうたことだけは……真純に言わんでください」
「勝手ですね」
俺は、悲しかった。想像以上に、真純の過去が、悲しく、俺にのしかかった。こんな風にしか、結末を迎えられないこの親子。
真純も、お母さんも、俺は……悲しいよ……真純……
「真純のこと、よろしくお願いします」
そう言って、お母さんは、俺に頭を下げた。
その瞬間から、真純にはもう、本当に、俺しかいなくなってしまった。
久しぶりに見たお母さんは、正直、びっくりするほど綺麗になっていて、真純には言えないけど……よく似た笑顔で俺達を出迎えてくれた。
「ご結婚おめでとうございます」
「おめでとうやなんか、恥ずかしだけえ。真純、あんばいしとる?」
「ええ、元気ですよ」
あれから、何度か金の催促があったけど、真純は金は送らないと聞かず、こっそり俺が送金していた。
三好と松永さんは応援演説のことで、二人で話し込んでいる。はあ、ほんとに、迷惑かけてるな、俺……
「慶太さん、ちょっと、ええかね」
「なんでしょうか」
お母さんは、デスクの引き出しから、書類を一枚、出した。
「これは……」
「真純とは、縁を切ろうおもてねえ」
絶縁状。
「あの三好ゆうのはね、早い話、地主のドラ息子なんじゃ。そやから、こないして地元で偉そうな顔できる。知っとるやろ、あんな男、金しか能のない、クズみたいな人間じゃ」
まさか……じゃあ、この結婚は……
「世間ゆうもんは、狭いもんじゃ。まさか、あんたのお父さんのところにおったやなんてねえ」
「脅されたんですか」
「まあ、私も、ええ暮らしができるんやったら、それでかまわんから」
お母さんは、タバコをふかして、寂しげな目をした。その目は……真純とよく似ていた。
「必死じゃった。生きるためになあ。……あの子には……悪かったおもとる」
「真純に、そう言ってやってください」
「今さら、何を言うても、あの子は聞かんじゃろ。私に似て、ガンコやけ」
お母さんの指には、ダイヤが光っていて、手首にはシャネルの時計が動いている。
「親子の縁を切ることくらいしか、もうしてやれることはないけえ」
必死だったんだろう。だけど……間違ってましたね、お母さん。
母親として、人として、あなたは間違ってました。
「弁護士を介しましょう。プロに任せたほうがいい」
「よろしく」
「お母さん、ひとつ、聞いてもいいですか」
「なにかね」
「真純のこと、可愛くなかったんですか」
その質問に、お母さんは、ふっと笑った。
「あの子はねえ、可愛くない子やった。怒鳴られても、殴られても、何されても、泣かんのや。子供らしくない、子供やった。じいっとな、何も言わんと、平気な顔して……よう、殴った……」
最後の言葉を呟いて、彼女は、自分の右手を握りしめた。
「……三好に金をもうたことだけは……真純に言わんでください」
「勝手ですね」
俺は、悲しかった。想像以上に、真純の過去が、悲しく、俺にのしかかった。こんな風にしか、結末を迎えられないこの親子。
真純も、お母さんも、俺は……悲しいよ……真純……
「真純のこと、よろしくお願いします」
そう言って、お母さんは、俺に頭を下げた。
その瞬間から、真純にはもう、本当に、俺しかいなくなってしまった。