マネー・ドール -人生の午後-
「真純、ごめん。つい……入っていいかな」
 ドアを開けると、真純はベッドにうつ伏せて、泣いていた。
「ごめん……怒鳴ったりして……」
「慶太は、私と一緒にいたくないの?」
 え……
「そんなわけないよ。どうして?」
「だって……雑誌とかの仕事してたら、事務所に行く時間減っちゃうし……」
「いや、真純はその、事務仕事より、楽しいかなと思って……料理も、楽しそうだから……」
「お料理の仕事は楽しいけど、モデルとか、したくないの。全然楽しくないのに……」
「じゃあ、どうして断らないの。断ればいいじゃん」
「だって……慶太……そのほうが好きだって……」
 泣いている真純は、随分痩せていた。抱きしめると、折れそうなくらい、痩せている。
 何度も一緒に風呂に入ってるのに、何度もセックスしてるのに、またこんなに痩せてしまっていたことに、全然、気がついていなかった。
 俺は結局、真純の何も見えていない。やっぱり、見た目しか、見ていない。
 自由にしろって言いながら、俺はやっぱり、真純を縛り付けてる。
「ごめん。そんなつもりじゃなかったんだ。なんていうか……」
 なんていうか、なんなんだ。
 自信が……ないんだよ、俺……
「モデルのお仕事、もう辞めてもいい? なんだか、いつも誰かに見られてるみたいで……変な手紙とか来るし……」
「変な手紙?」
真純はクロゼットの中から、紙袋を出して来た。中には手紙とか、メールのプリントアウトしたものが詰め込まれていて、ほとんど、ファンレターだったけど……
「なんだよ、これ!」
アイコラで体を加工した画像とか、卑猥な文言とか、誹謗中傷とか、見るに耐えないものある。
「訴えてやる!」
「いいの。そんなの、当たり前だって……有名税だから、気にしなくていいって……」
「どうして言わなかったんだ」
「雑誌とか出てるの、喜んでくれてたから……」
 そうだな……そうやって、華やかな真純が……華やかな妻が、俺のステイタスのひとつで……また俺は、お前をアイテムにしてしまってた。
「お兄様の応援は、がんばるから」
「いいよ、そんなの。あんな奴のために、がんばることない」
 松永さんは、わかってたんだ。俺が、そう真純に聞けば、真純は、イエスとしか言えないことを。真純が、喜んでこの仕事をしてないことを……

 俺が何も、わかってないことを。

< 199 / 224 >

この作品をシェア

pagetop