マネー・ドール -人生の午後-
 夜、十時を過ぎた頃、部屋のチャイムが鳴った。レンズを覗くと、そこには、松永さんと、真純がいる。
「真純! どこ行ってたんだ!」
顔を上げた真純の目は、真っ赤で、肩をひくひくと震わせて、松永さんの背中に隠れるように、俺の目を避けた。
「じゃあ、真純ちゃん。何も、心配いらないからね。しばらく、不自由をさせるけど、許しておくれ」
松永さんの言葉に、真純は何も言わず、俺を少し睨んで、俺を通り過ぎて、ベッドにもぐりこんだ。
「ちゃんと話してあげないと、ダメじゃないか」
「すみません……でした」
「それじゃあ、おやすみ」
 松永さんはいつもの通り、優しい笑顔で、そう言った。
 間違いなく、逮捕される。
 なのに、松永さんは、恐怖も、迷いも、悲しみも、そんなもの、何もない顔をしている。
「どうして、そんなに冷静なんですか」
「これが僕の仕事だから。先生のお役に立てるなら、それでいいんだ」
辺りをうかがうように、小声で続ける。
「君も、心配しなくていいからね」
 俺はその言葉に、涙を堪え切れない。
 そんな情けない俺の肩を、ぽん、とたたいて、松永さんは、背中を向けた。
 その背中は、どこなく誇らしげで、松永さんは、嘘偽りなく、親父の役に立つことが使命なんだと、告げていた。

「真純……ごめん」
その、ごめん、は、いろんなことを、含んでいる。
「松永さん、どうなるの」
毛布の中で、鼻声が聞こえる。
「……たぶん、逮捕される」
「どうすることもできないの?」
「これが……最善の方法なんだよ。松永さんは、親父や、兄貴や、俺や……真純を、守ってくれてる」
 むくりと起き上がって、真純は、真っ赤な目で、俺を見た。
「これが、慶太の仕事だって……だから、慶太を責めないでって……」
「松永さんが、そう言ったの?」
黙って頷く真純を、俺は、きつく、抱きしめた。ぎゅっと、強く、強く。
「許してくれ。これが俺の仕事で、俺はこうして、金を稼いでる。今までも……これからも……」
「私の、ためなのよね」

 幸せにしたいんだ。
 俺は、ただ、真純を幸せにしたい。
 俺には、この方法しか、わからない。
 この方法しか、できない。
 俺だけじゃ、お前をつなぎとめることが、できない。
 金という、アイテムがなきゃ、俺、お前のこと……お前も、金のない俺なんて、意味ないだろう? 金のない俺なら、杉本や田山を選ぶだろう?

 俺達は、ただ、泣いた。
 きつく抱きしめあって、ただ、泣くことしかできなかった。

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