マネー・ドール -人生の午後-
ホテルに戻ると、真純はぼんやり、ソファに座って、外を眺めていた。ここ数日で、随分、痩せた気がする。
「話がある」
俺は真純とベッドに座った。真純は俺の左手を見て、聞きたくない、と言った。
「どうしても、許せないんだ」
真純は俯いて、泣いている。
「わかって欲しい」
「……私も、一緒に……」
「ダメだ。なあ、真純。俺は、お前を巻き込みたくないんだ。だからもう、俺たちは、夫婦でいちゃいけないんだ」
「ずっと夫婦でいようって、約束したじゃん!」
そうだったな……約束、したよな……だから俺は、いつもの逃げ口上をする。
「……もう、重いんだよ」
「重い?」
「お前は、重いんだよ」
「嫌いって、こと?」
「そうだよ。お前みたいな女、重いんだよ。俺はさ、知ってるだろ? ナンパで、いい加減で、軽い男なんだ。約束なんて、簡単にやぶれるんだよ」
また、俺は真純を傷つけている。絶対に傷つけないって、誓ったのに。また俺は……
「嘘だもん! 慶太はナンパだけど、私のこと、そんな風に思ってないもん!」
あっさり俺の逃げ口上は無効になって、でも……ナンパは認めるのか……
「金曜に、田山くんがイタリアへ発つ。しばらく、向こうに住むそうだ」
「そう……」
「一緒に行くんだ」
「行かない」
「行くんだ」
「行かない! 慶太のそばにいる!」
真純は、俺にしがみついた。
柔らかい体。甘い匂い。
そんなこと、しないでくれ。俺の決意が、鈍るじゃないか。
「これからのことは、田山くんに頼んであるから」
「勝手なことしないで!」
「真純、頼む。わかってくれ。頼むから、俺と……離婚してくれ」
俺は、離婚届を出した。俺のサインと捺印を見て、真純は、黙ってそれを、握りしめた。
「具体的なことは、弁護士に任せてある。お前は何も心配しなくていい。これからも、今まで通り暮らせるから」
「慶太は、それでいいの?」
「いいんだ。……もっと早く、やっぱりこうするべきだった」
「私のこと、もう、好きじゃないの?」
「……好きじゃ、ない……わけないだろう! 好きだよ。愛してる。でも、もう、俺はお前を、幸せにできない。できないんだよ……だから……別れるんだ」
「愛してるのに?」
「愛してるから」
「……わかった……」
真純は、もう消えそうな声で呟いて、最後にキスして、と言った。
俺は真純を強く抱きしめて、最後のキスをした。軽いキスじゃなくて、甘い、濃厚な、ディープキス。
真純の唇。最後の唇。
真純の……味……
「田山くんと、幸せにな」
「……イタリアって、あったかいのかな」
「それも、頼んである。寒がりだからって」
「そう。ありがとう」
「見送りは、いかないから」
「うん」
「何かあったら、ここに電話して」
弁護士の名刺をテーブルに置いたけど、真純は、それは見ずに、俺の顔を、じっと見た。
「その怪我、どうしたの?」
鏡で見ると、田山に殴られたほっぺたが、赤く腫れていた。
「転んだんだ」
「気をつけてね、もう若くないんだから」
「ああ。じゃあ、真純……元気でな」
真純はもう、何も言わなかった。何も言わず、ベッドに入り、毛布を被った。
「さよなら」
返事は、なかった。
だから俺は、毛布越しに、軽くキスをして、部屋を出た。
「話がある」
俺は真純とベッドに座った。真純は俺の左手を見て、聞きたくない、と言った。
「どうしても、許せないんだ」
真純は俯いて、泣いている。
「わかって欲しい」
「……私も、一緒に……」
「ダメだ。なあ、真純。俺は、お前を巻き込みたくないんだ。だからもう、俺たちは、夫婦でいちゃいけないんだ」
「ずっと夫婦でいようって、約束したじゃん!」
そうだったな……約束、したよな……だから俺は、いつもの逃げ口上をする。
「……もう、重いんだよ」
「重い?」
「お前は、重いんだよ」
「嫌いって、こと?」
「そうだよ。お前みたいな女、重いんだよ。俺はさ、知ってるだろ? ナンパで、いい加減で、軽い男なんだ。約束なんて、簡単にやぶれるんだよ」
また、俺は真純を傷つけている。絶対に傷つけないって、誓ったのに。また俺は……
「嘘だもん! 慶太はナンパだけど、私のこと、そんな風に思ってないもん!」
あっさり俺の逃げ口上は無効になって、でも……ナンパは認めるのか……
「金曜に、田山くんがイタリアへ発つ。しばらく、向こうに住むそうだ」
「そう……」
「一緒に行くんだ」
「行かない」
「行くんだ」
「行かない! 慶太のそばにいる!」
真純は、俺にしがみついた。
柔らかい体。甘い匂い。
そんなこと、しないでくれ。俺の決意が、鈍るじゃないか。
「これからのことは、田山くんに頼んであるから」
「勝手なことしないで!」
「真純、頼む。わかってくれ。頼むから、俺と……離婚してくれ」
俺は、離婚届を出した。俺のサインと捺印を見て、真純は、黙ってそれを、握りしめた。
「具体的なことは、弁護士に任せてある。お前は何も心配しなくていい。これからも、今まで通り暮らせるから」
「慶太は、それでいいの?」
「いいんだ。……もっと早く、やっぱりこうするべきだった」
「私のこと、もう、好きじゃないの?」
「……好きじゃ、ない……わけないだろう! 好きだよ。愛してる。でも、もう、俺はお前を、幸せにできない。できないんだよ……だから……別れるんだ」
「愛してるのに?」
「愛してるから」
「……わかった……」
真純は、もう消えそうな声で呟いて、最後にキスして、と言った。
俺は真純を強く抱きしめて、最後のキスをした。軽いキスじゃなくて、甘い、濃厚な、ディープキス。
真純の唇。最後の唇。
真純の……味……
「田山くんと、幸せにな」
「……イタリアって、あったかいのかな」
「それも、頼んである。寒がりだからって」
「そう。ありがとう」
「見送りは、いかないから」
「うん」
「何かあったら、ここに電話して」
弁護士の名刺をテーブルに置いたけど、真純は、それは見ずに、俺の顔を、じっと見た。
「その怪我、どうしたの?」
鏡で見ると、田山に殴られたほっぺたが、赤く腫れていた。
「転んだんだ」
「気をつけてね、もう若くないんだから」
「ああ。じゃあ、真純……元気でな」
真純はもう、何も言わなかった。何も言わず、ベッドに入り、毛布を被った。
「さよなら」
返事は、なかった。
だから俺は、毛布越しに、軽くキスをして、部屋を出た。