マネー・ドール -人生の午後-
泣いていたんだろう。真純は、泣いていた。きっと、寂しがる。今夜も一人で、寂しがる。でももう、今夜からは寂しいって、電話はかかってこない。
俺は……なんて、卑劣な男なんだろう……やっぱり俺は、逃げている。杉本に真純を返せなくなった俺は、田山という、杉本の分身みたいな男に真純を押し付けて、俺のとるべき責任も償いも全部、田山に押し付けて、俺は、俺だけの自己満足のためだけに……
一番大切なもの。田山が言った、大切なこと。
それは、なんなんだろう。俺にはわからない。何が大切で、何が大切じゃなくて、ただ、俺は、真純が不幸にならなければそれでいい。
真純が、何不自由なく、笑って、綺麗で、オシャレで、いい女でいてくれたら、それでいい。それが真純の幸せだから。それができない俺はもう、真純といる資格は、ないんだ。
ダッシュボートには、プリティウーマンのサントラ盤。ジュリアロバーツは、富豪のリチャードギアと別れた。俺には理解できない。せっかく金持ちになれるのに、それを望んでいたくせに、なぜか、別れを選ぶ。なぜなんだろう。わからない。
でも、真純は泣いていた。何度見ても、泣いていた。真純には、わかるんだろうか。ジュリアロバーツの気持ちが。金を捨て、元の貧乏生活を選んだジュリアロバーツの気持ちが、わかっていたんだろうか。
墓のない松永さんの遺骨は、まだ寺にある。初七日ができなかった俺は、住職に頼んで法会をしてもらい、これからのことを、聞いてもらった。
「あなたの志は、故人にきっと届くでしょう」
「間違っていますか、私は」
「間違いなど、ないのです。己が、信ずる道を進めばよいのです」
「はい」
「ただし、そこに、迷いがなければ。そこに、憂いがなければ」
迷い。憂い。……あの時の松永さんの背中……迷いも、何も……なかった……
「ありがとうございました。落ち着いたら、松永さんの遺骨を引き取りたいと思っています」
「さぞ、お喜びでしょう」
「それまで、よろしくお願いします」
立ち上がりかけた俺に、住職は、ふと、呟いた。
「一切皆苦」
「すべてが苦しみって、ことですか?」
「文字通り読めば、そうですね。でも、すべて、苦しみですか? あなたの人生は、すべて、苦しみでしたか?」
いや、そうじゃない。つらいこともあったけど、でも、幸せもあった。何より、真純と出会えて、真純と分かり合えて、真純と本当の夫婦になれたことは……
「人生は、いつもうまくいくとは限らないものです」
「はい」
「うまくいかないことは、うまくいかない運命であり、それを受け入れることができた時、人は、新しい道に進めるのです」
うまくいかないことは、うまくいかない運命……
「それは、諦める、ということではありません。次に進むための、過程なのです。それが、苦、なのです」
「でも……俺は罪をおかしています。そのせいで、傷ついた人たちが……」
「佐倉さん。いつも、正義が正しいとは、限らないのですよ。何が正義で、何が悪なのか、それは、いま、なのです」
俺は、その住職の言葉の意味が、さっぱりわからなかった。
正義は正義で、悪は悪じゃないのか。
いま、って、なんなんだ。善悪は、善悪で、今も昔も未来も、一緒だろう。
「悔いることもまた、人生です。生きているから、悔い、恥じるのです。それも、あなたの人生なんですよ」
俺は……なんて、卑劣な男なんだろう……やっぱり俺は、逃げている。杉本に真純を返せなくなった俺は、田山という、杉本の分身みたいな男に真純を押し付けて、俺のとるべき責任も償いも全部、田山に押し付けて、俺は、俺だけの自己満足のためだけに……
一番大切なもの。田山が言った、大切なこと。
それは、なんなんだろう。俺にはわからない。何が大切で、何が大切じゃなくて、ただ、俺は、真純が不幸にならなければそれでいい。
真純が、何不自由なく、笑って、綺麗で、オシャレで、いい女でいてくれたら、それでいい。それが真純の幸せだから。それができない俺はもう、真純といる資格は、ないんだ。
ダッシュボートには、プリティウーマンのサントラ盤。ジュリアロバーツは、富豪のリチャードギアと別れた。俺には理解できない。せっかく金持ちになれるのに、それを望んでいたくせに、なぜか、別れを選ぶ。なぜなんだろう。わからない。
でも、真純は泣いていた。何度見ても、泣いていた。真純には、わかるんだろうか。ジュリアロバーツの気持ちが。金を捨て、元の貧乏生活を選んだジュリアロバーツの気持ちが、わかっていたんだろうか。
墓のない松永さんの遺骨は、まだ寺にある。初七日ができなかった俺は、住職に頼んで法会をしてもらい、これからのことを、聞いてもらった。
「あなたの志は、故人にきっと届くでしょう」
「間違っていますか、私は」
「間違いなど、ないのです。己が、信ずる道を進めばよいのです」
「はい」
「ただし、そこに、迷いがなければ。そこに、憂いがなければ」
迷い。憂い。……あの時の松永さんの背中……迷いも、何も……なかった……
「ありがとうございました。落ち着いたら、松永さんの遺骨を引き取りたいと思っています」
「さぞ、お喜びでしょう」
「それまで、よろしくお願いします」
立ち上がりかけた俺に、住職は、ふと、呟いた。
「一切皆苦」
「すべてが苦しみって、ことですか?」
「文字通り読めば、そうですね。でも、すべて、苦しみですか? あなたの人生は、すべて、苦しみでしたか?」
いや、そうじゃない。つらいこともあったけど、でも、幸せもあった。何より、真純と出会えて、真純と分かり合えて、真純と本当の夫婦になれたことは……
「人生は、いつもうまくいくとは限らないものです」
「はい」
「うまくいかないことは、うまくいかない運命であり、それを受け入れることができた時、人は、新しい道に進めるのです」
うまくいかないことは、うまくいかない運命……
「それは、諦める、ということではありません。次に進むための、過程なのです。それが、苦、なのです」
「でも……俺は罪をおかしています。そのせいで、傷ついた人たちが……」
「佐倉さん。いつも、正義が正しいとは、限らないのですよ。何が正義で、何が悪なのか、それは、いま、なのです」
俺は、その住職の言葉の意味が、さっぱりわからなかった。
正義は正義で、悪は悪じゃないのか。
いま、って、なんなんだ。善悪は、善悪で、今も昔も未来も、一緒だろう。
「悔いることもまた、人生です。生きているから、悔い、恥じるのです。それも、あなたの人生なんですよ」