マネー・ドール -人生の午後-
 信号が変わって、慶太が窓を閉めて、車が動き出した。きっと、右側に座っている私の顔は、見えなかったはず。

「おばさん? どうしたの?」
 私の顔を覗き込んだ、その凛ちゃんの顔は、聡子さんに似ていた。
凛ちゃんは、将吾と、聡子さんの……子供。
「やだ、車酔いしちゃったかしら。山道、苦手なの」

 もうずっと、こうやって笑ってきたじゃない。楽しくなくても、つらくても、悲しくても、悔しくても、ずっと、笑ってきた。
子供のころからずっと、私は、そうやってきたのよ。
私はこうやって、ずっと、仮面をかぶってきたの。

 笑うことなんて、簡単よ。

「ママと、お友達になりたいわ」
「うん、ママに言っとくね」

 やっぱり、はずせない。本当の私なんて、誰にも見せない。見せられない。だって私は……

 あの女の、娘。

「はい、到着ー」
 なによ。あんなに車に乗りたいって言ってたくせに。
着いた途端、パパ、ママ、って。やっぱり、子供なんて、ワガママで、自分勝手で、かわいくない。
「お世話かけちゃって」
「いいえ、とっても楽しかったわ」
 ねえ、あなた。そんな地味な格好で、よく恥ずかしくないわね。お化粧くらい、ちゃんとすれば? それとも何? 私はお化粧なんてしなくても、充分いけてるとでも、言いたいの?
「真純さん、そのTシャツ、ラルフローレン?」
 はあ、加奈さん。あなたも、そのお腹、ちょっとはどうにかしたら? その服も、センスないわね。
「ええ、いつもはスーツだから、カジュアルな服は持ってなくて。慌てて主人と揃えちゃった」
「いいわねえ。うちなんて、ユニクロばっかよ」
 そうでしょうね。だって、私はセレブですもの。あなたたちと一緒に、しないで。あなたたちとは、住む世界が違うんだから!

 私は、笑っている。いつものように、私は、この笑顔で、みんなと話してる。
 全然、楽じゃん。
昨日のバーベキューの時は、なんだか、自分が仲間外れになった気がしたけど、こうやって、適当に合わせてれば、ほら、たちまち私が、中心じゃない。

 ねえ、将吾。見てる? 今の私、こんなにキラキラしてるのよ。そんな地味な女、捨てちゃいなさいよ。私のほうが、いい女でしょ? 

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