マネー・ドール -人生の午後-
「おばさん、かにさんがいるよ」
 冷えかけた私の手に、少し汗ばんだ、小さな手が、触れた。
そこには、碧ちゃんがいて、私の手を、無邪気に引っ張る。
「どこ?」
「あっち。見に行こうよ」

 そこは、小さな滝で、涼くんが、一生懸命、女の子達に、沢蟹を、捕まえてあげていた。

「おにいちゃん! おばさんにも、かにさん、捕まえて!」
 涼くんは黙って、私に、沢蟹を、渡してくれた。
「わあ、かわいい」
 まるで、将吾みたい。
昔、こうやって、二人で遅くまで川にいて、蟹とか、魚とか捕まえて、私に見せてくれたっけ。

「おーい、写真撮るよー!」
 中村くんが、近くにいた人に写真をお願いしてくれて、私達は、みんなで集まって、カメラに向かう。
「碧、おばさんの隣がいい!」
「凛も!」
 私は、両手に、将吾の大切な子供達の手を握って、笑って、写真を撮った。
彼女達の手のぬくもりが、私の張りかけた氷を、とかしていく。
私の仮面を、はずしていく。

 そうね……私……やっぱり、もう、できない。
 
 嘘の笑顔も、嘘の強がりも、もう、できない。それができたら、どんなに楽だろう。半年前の私のように、仮面を被れたら、こんなに……胸が、痛くないのに。

「ごめんなさいねえ、あの子達、すっかり真純さんになついちゃって」
 聡子さん……きれい。あなた、本当にきれい。私みたいに、お化粧や宝石や、ブランド品で飾らなくても、とってもきれい。
「でも、ほんと、真純さん、きれいよね。ねえ、そのスタイル、どうしてるの? 私、年中無休でダイエットしてるのに、全然ダメ」
 加奈さん。幸せなのよ、あなた。あんなに優しい旦那さんに、かわいい子供達がいて……お友達も、たくさんいるでしょう? 私なんて、友達って呼べる人、一人もいない。
「会社でこき使われてるの。ストレスで痩せてるだけよ。白髪なんて、すごいんだから」

 わかってる。
 
 もう、戻らないって。わかってるじゃない。これでよかったって、あの夜、思ったじゃない。

 本当の、私。
 本当はね……ただの、ワガママな、バカな女よ。

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