マネー・ドール -人生の午後-
「もんたが企画部に行った後ね、私、広報に三年ほどいたでしょ? そしたらね、どんどん若い女の子が入ってくるのよ。入った頃はチヤホヤされてたのに、あっという間に誰にも相手されなくなってさあ。そう思ったら、同期のあんたは、ガンガン仕事してさ。……ちょっと、肩身狭かったなあ」
 みりちゃんは、ちょっと皮肉っぽく笑って、私の二の腕をつねった。
「結婚して、産休とって、総務に復帰して……たった一年しか休んでなかったのに、まるっきり、変わってた。入社してくる女の子たちが、みんな、もんたに憧れてるの。佐倉さんみたいに、バリバリ働きたい、かっこいいキャリアウーマンになりたいって。腰掛なんて言ってる子、一人もいないし、みんな、自分の目標を持って、しっかり頑張ってる。なんかねえ、取り残されていく自分がいて……何度も辞めようと思ったわ」
 そんなこと、全然知らなかった。みりちゃんが、そんな風に考えてたなんて。
普通に、上司や先輩の愚痴を言い合って、笑い合っていたのに、本当はそんなこと、考えてたんだ。
「言ってくれればよかったのに」
「言えるわけないじゃん。そんなカッコ悪いこと、同期のあんたに」
 そう、だね……私も、そうだった。
上司や先輩のことは言えても、部下や後輩のことは、言えなかった。逃げるみたいなこと、言えないよね。
同期だから、言えなかった。
「ほんとはね、もんたみたいになりたかった。憧れてたのよ、これでも、もんたに」
 私なんて……憧れる価値、ないよ。
でも、そうなんだよね。みんな、『佐倉部長』に憧れてくれてる。
「あんたは、ビジネスウーマンの星、なんだからね。がんばんなよ」
「そうね、スター、だから、私」

 だから、止まれない。
もう、息もきれて、そこにへたりこみたいのにね、みんな、走れ、がんばれって、言ってくれる。
本当は、もう……ね……

「そうだ。慶太くん、元気?」
「うん。元気よ」
「相変わらず、チャラいの?」
「まあね、一生よ、たぶん」

 携帯が鳴った。田山くんからだった。
「ごめん、行かなきゃ」
「うん。じゃあね。体に気をつけて」
「みりちゃんも、元気で。赤ちゃん、生まれたら教えてね」
「もんた」
 みりちゃんが、手を差し出して、私は、その手を、握った。ネイルも、指輪もしてないその手は、ちょっと荒れてて、シワもあったけど、あったかくて、きっと『お母さんの手』、だった。
「おつかれさま」
「ありがとう。お世話になりました」
 そう言って、私の最後の同期は、背中を向けた。
紙袋と、小さな花束を持ったその後ろ姿は、全然寂しそうじゃなくて、なんだか……

 つかれてんたんだね、みりちゃん。ほんとに、おつかれさま。
明日からは、子供達と、ゆっくり過ごしてあげてね。
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