マネー・ドール -人生の午後-
窓の外は、すっかり夏の陽射しで、梅雨、終わったんだ。夏になるんだ。こうしてる間にも、時間はどんどん、過ぎていくんだ。
私も、どんどん、年をとっていく。
……このままでいい? このまま、逃げたままで、いいの? 一生、あの人から、逃げたままで……
「どうぞ」
声に振り向くと、田山くんが、コーヒーを持っていた。
「ありがとう」
「大丈夫ですか? 顔色、良くないですよ」
田山くんなら、黙って聞いてくれるかな……
「実はね……母親が、危篤なの」
「えっ! 大変じゃないですか! いいんですか? 仕事なんてしてて……」
「もう、二十年以上、会ってないの」
田山くんは、驚いた顔で、私を見てる。
「会いたくないの……私……嫌いなの、母親のこと……」
彼は、うん、と頷いて、「それで、部長が後悔しないなら、それでいいと思いますよ」と、私の目を見つめて、微笑んだ。
「後悔しないように、やれ。部長の教えです」
後悔しないように……後悔。もし、このまま会わずに、あの人がいなくなったら……
「あ、ごめん……電話……」
「今日、十七時の新幹線とったから」
「……うん」
「昼で帰れる?」
「うん」
「迎えにいこうか?」
「いい。電車で帰る」
「わかった。俺もなるべく早く帰るから」
電話の声は、いつものように優しい、甘い声で、愛してるって、小さな声で言って、電話はきれた。
「ご主人ですか」
「……お昼で、早退するね」
「わかりました」
「明日は、休むかも」
「はい」
空になったカップを田山くんが引き取ってくれて、私達は、オフィスへ戻った。
あんな風に、会社で取り乱したのは初めてで、私はちょっとバツが悪い。
でも、みんな、心配そうな目で、私を見てる。
ちゃんとしなきゃ。上司として、オトナとして、ちゃんと、しないと。
「実家の母の具合が悪いの。悪いんだけど、お昼から帰らせてもらうね」
大変じゃないですか、と、ざわざわと、みんな顔を見合わせる。
「明日も、休むかもしれないけど、何かあったら、田山くんに指示もらってね。田山くん、よろしくお願いします」
田山くんは、はい、と一言、クールに言った。
「部長、大丈夫ですか? 顔色が……」
みんな、私の周りに集まって来てくれる。
私、なんて幸せなんだろう。こうやって、若い子達が、慕ってくれて、心配してくれて……
「大丈夫よ。ありがとう」
私も、どんどん、年をとっていく。
……このままでいい? このまま、逃げたままで、いいの? 一生、あの人から、逃げたままで……
「どうぞ」
声に振り向くと、田山くんが、コーヒーを持っていた。
「ありがとう」
「大丈夫ですか? 顔色、良くないですよ」
田山くんなら、黙って聞いてくれるかな……
「実はね……母親が、危篤なの」
「えっ! 大変じゃないですか! いいんですか? 仕事なんてしてて……」
「もう、二十年以上、会ってないの」
田山くんは、驚いた顔で、私を見てる。
「会いたくないの……私……嫌いなの、母親のこと……」
彼は、うん、と頷いて、「それで、部長が後悔しないなら、それでいいと思いますよ」と、私の目を見つめて、微笑んだ。
「後悔しないように、やれ。部長の教えです」
後悔しないように……後悔。もし、このまま会わずに、あの人がいなくなったら……
「あ、ごめん……電話……」
「今日、十七時の新幹線とったから」
「……うん」
「昼で帰れる?」
「うん」
「迎えにいこうか?」
「いい。電車で帰る」
「わかった。俺もなるべく早く帰るから」
電話の声は、いつものように優しい、甘い声で、愛してるって、小さな声で言って、電話はきれた。
「ご主人ですか」
「……お昼で、早退するね」
「わかりました」
「明日は、休むかも」
「はい」
空になったカップを田山くんが引き取ってくれて、私達は、オフィスへ戻った。
あんな風に、会社で取り乱したのは初めてで、私はちょっとバツが悪い。
でも、みんな、心配そうな目で、私を見てる。
ちゃんとしなきゃ。上司として、オトナとして、ちゃんと、しないと。
「実家の母の具合が悪いの。悪いんだけど、お昼から帰らせてもらうね」
大変じゃないですか、と、ざわざわと、みんな顔を見合わせる。
「明日も、休むかもしれないけど、何かあったら、田山くんに指示もらってね。田山くん、よろしくお願いします」
田山くんは、はい、と一言、クールに言った。
「部長、大丈夫ですか? 顔色が……」
みんな、私の周りに集まって来てくれる。
私、なんて幸せなんだろう。こうやって、若い子達が、慕ってくれて、心配してくれて……
「大丈夫よ。ありがとう」