マネー・ドール -人生の午後-
使い慣れたオートロックを解除して、エレベーターに乗って、部屋の鍵を開ける。
当たり前の動作が、一つ一つ、重い。
「寒い」
締め切った部屋は蒸し暑い。でも、私の体は、震えている。
ガタガタと、体の中から、寒気が襲ってきて、息が苦しくて、吐き気がして、汗が止まらない。
寒いのに、汗が流れる。寒いのに、熱い。熱いのに、寒い。
「助けて……」
リビングで蹲ると、涙が流れ始める。もう、おかしくなってしまったのかもしれない。
目の前の風景がぐるぐると回って、何も見えなくなって、何も聞こえなくなった。
「……真純。真純」
ぼやけた視界の中に、慶太がいる。
「大丈夫か?」
ソファで、眠っていたらしい。
「うん」
「顔色、よくないな」
「大丈夫」
彼は、私の顔をじっと見た。
「真純、ごめんな……」
……田山くんとのキス……後ろめたくて、思わず目を、逸らしてしまう。
「真純のこと、全然わかってなかったよな、俺……」
「どうしたの? 急に……」
「お母さんと会うことが、本当に真純にとって必要なのかどうか……向こうに行って、考えよう」
慶太……私のこと、考えてくれてたの?
「やっぱり、会いたくないって思うなら、会わずに帰ろう」
「いいの?」
「真純を、傷つけたくないから」
慶太は私を抱きしめて、キスをした。
それは、さっき、田山くんと、キスした唇……
「ちょっと、用意してくるね」
どうして、そうなの?
慶太は、いつも、私を嗜めるように、私を現実へ引き戻す。
このまま、無理矢理、広島へ連れて行かれたら、私……田山くんのところへ行けたかもしれないのに……
田山くんに、甘えられるのに……
部屋のベッドに座って、ぼんやり窓の外を眺めていると、ノックと一緒に、慶太が入ってきた。
「荷物、一緒に入れようか」
少し大きなキャリーケースを持って来て、私の荷物を詰め始めた。
優しいね、慶太。あなたは、いつも、優しい。
でもね、その優しさは、私の胸を締めつけるの。
私ね、あなたのことが好きだけど、やっぱり、素直にあなたを好きになれないの。
あなたは、現実すぎるの……
「そろそろ、行こうか」
「うん」
「タクシー、呼ぼうか?」
「いいよ、電車で。道、混んでるし」
「……なんで?」
「え?」
「電車で帰って来たんじゃないの?」
あ……そっか……
「タクシーで、帰って来たの」
嘘。嘘なんて……つきたくないのに……
「そう、じゃあ、行こうか」
慶太は疑う様子もなく、キャリーケースを持って、部屋を出て、私は、後に続く。
途中で、同じフロアの人に会って、旅行ですか? って聞かれた。
「ええ、ちょっと」
慶太は愛想笑いをして、とりとめもない話をしている。
私は隣で、ぼんやり、エレベーターの壁にもたれて、田山くんの唇を、思い出していた。
ご近所さんと別れて、私達は駅へ向かった。
平日の昼間の住宅街は、がらんとしていて、まるでゴーストタウン。
アスファルトからの熱気に、キャリーケースのタイヤのガラガラという音と、私のヒールの音が響く。
「誰もいないね」
「平日はこんなもんだよ」
駅前まで行くと、専業主婦らしき人達が、スーパーの袋を持って話し込んでる。
専業主婦になると、そんな感じなんだ……
でも、私、ご近所さんに友達なんて、一人もいない。ああやって、立ち話する相手なんて、いない。
あのマンションに住んで、十五年。友達なんて、誰もいない……
当たり前の動作が、一つ一つ、重い。
「寒い」
締め切った部屋は蒸し暑い。でも、私の体は、震えている。
ガタガタと、体の中から、寒気が襲ってきて、息が苦しくて、吐き気がして、汗が止まらない。
寒いのに、汗が流れる。寒いのに、熱い。熱いのに、寒い。
「助けて……」
リビングで蹲ると、涙が流れ始める。もう、おかしくなってしまったのかもしれない。
目の前の風景がぐるぐると回って、何も見えなくなって、何も聞こえなくなった。
「……真純。真純」
ぼやけた視界の中に、慶太がいる。
「大丈夫か?」
ソファで、眠っていたらしい。
「うん」
「顔色、よくないな」
「大丈夫」
彼は、私の顔をじっと見た。
「真純、ごめんな……」
……田山くんとのキス……後ろめたくて、思わず目を、逸らしてしまう。
「真純のこと、全然わかってなかったよな、俺……」
「どうしたの? 急に……」
「お母さんと会うことが、本当に真純にとって必要なのかどうか……向こうに行って、考えよう」
慶太……私のこと、考えてくれてたの?
「やっぱり、会いたくないって思うなら、会わずに帰ろう」
「いいの?」
「真純を、傷つけたくないから」
慶太は私を抱きしめて、キスをした。
それは、さっき、田山くんと、キスした唇……
「ちょっと、用意してくるね」
どうして、そうなの?
慶太は、いつも、私を嗜めるように、私を現実へ引き戻す。
このまま、無理矢理、広島へ連れて行かれたら、私……田山くんのところへ行けたかもしれないのに……
田山くんに、甘えられるのに……
部屋のベッドに座って、ぼんやり窓の外を眺めていると、ノックと一緒に、慶太が入ってきた。
「荷物、一緒に入れようか」
少し大きなキャリーケースを持って来て、私の荷物を詰め始めた。
優しいね、慶太。あなたは、いつも、優しい。
でもね、その優しさは、私の胸を締めつけるの。
私ね、あなたのことが好きだけど、やっぱり、素直にあなたを好きになれないの。
あなたは、現実すぎるの……
「そろそろ、行こうか」
「うん」
「タクシー、呼ぼうか?」
「いいよ、電車で。道、混んでるし」
「……なんで?」
「え?」
「電車で帰って来たんじゃないの?」
あ……そっか……
「タクシーで、帰って来たの」
嘘。嘘なんて……つきたくないのに……
「そう、じゃあ、行こうか」
慶太は疑う様子もなく、キャリーケースを持って、部屋を出て、私は、後に続く。
途中で、同じフロアの人に会って、旅行ですか? って聞かれた。
「ええ、ちょっと」
慶太は愛想笑いをして、とりとめもない話をしている。
私は隣で、ぼんやり、エレベーターの壁にもたれて、田山くんの唇を、思い出していた。
ご近所さんと別れて、私達は駅へ向かった。
平日の昼間の住宅街は、がらんとしていて、まるでゴーストタウン。
アスファルトからの熱気に、キャリーケースのタイヤのガラガラという音と、私のヒールの音が響く。
「誰もいないね」
「平日はこんなもんだよ」
駅前まで行くと、専業主婦らしき人達が、スーパーの袋を持って話し込んでる。
専業主婦になると、そんな感じなんだ……
でも、私、ご近所さんに友達なんて、一人もいない。ああやって、立ち話する相手なんて、いない。
あのマンションに住んで、十五年。友達なんて、誰もいない……