マネー・ドール -人生の午後-
「真純? 疲れた?」
「少し」
「病院は、明日にするか?」
「うん」
過去から引き戻された私は、慶太の腕に縋って、改札へ向かった。
歩きながら、慶太は病院に電話をして、容態を聞いている。
もしかして、昨日からずっと? ずっと、聞いてくれてたの?
「今は安定してるって」
「ねえ、ずっと聞いてくれてたの?」
「……真純のお母さんは、俺のお母さんでもあるから」
慶太はオトナな顔で、オトナな返事をした。
ホテルは、病院の近くの、ビジネスホテル。
窓から、その病院が見える。
あそこに、いるんだよね。あの人、あの病院の、どこかに。
「何か食べる?」
「あんまり、食欲ない」
「そうか、じゃあ、コンビニでなんか買ってくるよ」
「私も行く」
一人になるのは、不安だった。
ホテルの中にコンビニがあって、慶太はカップうどんとおにぎりを買って、私は、プリンとシュークリーム……どっちにしよう。うーん、今は……シュークリームかな。
「今からそれ食べるの?」
「なんか、クリーム食べたいの」
「じゃあ、ケーキにしなよ」
「ケーキって気分じゃないの」
「よくわかんないな」
こんな普通な会話さえ、つい半年前まではできなかったよね。
夫婦……になれたんだ。私達。
部屋に戻って、慶太はカップうどんを作って食べ始めた。見てると、ちょっと食べたくなるのが、インスタント麺の不思議なところよね。この、ダシの匂いかな?
「ちょっとちょうだい」
「アゲはダメだからな」
あら。意外と、ケチなのね。
そういえば、昔よく将吾と二人でこうやって、うどんとかラーメンとか、分けて食べたっけ……
東京に出てきたころは、ほんとにお金がなくて、食べるのが精一杯で、でも、幸せだった。
それまでの最低な生活に比べたら、将吾との新しい生活は、ほんとに穏やかで、あったかくて、幸せだった。
幸せ……幸せだったんだ……私……
「久しぶりに食べた」
「俺はよく食ってるからなぁ」
「いつ? お昼?」
「昼は食べに行くけど、夜中は、だいたいカップ麺かな」
そっか……慶太は、夜中でも呼び出されたらすぐに行かなきゃいけないんだもんね……そういう時は、こういうの食べてるんだ。
「お弁当、つくろっか?」
「いいよ、そんなの。だいたい、食べれないことの方が多いから」
慶太はそう言って、アゲを口に入れて、アチッ! だって。
「ケチなこと言うから、バチが当たったのね」
「なんだよ、じゃあ、ちょっと食べていいよ、アゲ」
思わず、笑っちゃった。二人で、こんな風に、笑えるようになったんだね。
最近思う。
慶太のこと、なんにも知らない 。
慶太がほんとはどんな仕事してるのかとか、友達とか、好きな芸能人とか……趣味とか、あるのかな。
そんなこと、聞いたこともない。考えたこともなかった。
「甘いもの、好きだっけ?」
「時々、無性に食べたくなるの」
そう、慶太もきっと、私のこと、そんなに知らないよね。
だって、半年前までは、口もきかずにいたんだもん。
二十年間、一緒に暮らしながら、私達は、お互いの顔も見ずに生きて来たんだもん。
「一口、いい?」
「一口、だよ」
慶太は結構クリームを押して……えっ? それ、一口?
「甘!」
「もう、クリームばっか食べた!」
「いいじゃん」
「口にクリーム、ついてるし」
「とって」
若い頃、付き合ってた頃、こんなこと、しなかったよね、私達。
買い物と、セックスと……それだけ、だったね……
「少し」
「病院は、明日にするか?」
「うん」
過去から引き戻された私は、慶太の腕に縋って、改札へ向かった。
歩きながら、慶太は病院に電話をして、容態を聞いている。
もしかして、昨日からずっと? ずっと、聞いてくれてたの?
「今は安定してるって」
「ねえ、ずっと聞いてくれてたの?」
「……真純のお母さんは、俺のお母さんでもあるから」
慶太はオトナな顔で、オトナな返事をした。
ホテルは、病院の近くの、ビジネスホテル。
窓から、その病院が見える。
あそこに、いるんだよね。あの人、あの病院の、どこかに。
「何か食べる?」
「あんまり、食欲ない」
「そうか、じゃあ、コンビニでなんか買ってくるよ」
「私も行く」
一人になるのは、不安だった。
ホテルの中にコンビニがあって、慶太はカップうどんとおにぎりを買って、私は、プリンとシュークリーム……どっちにしよう。うーん、今は……シュークリームかな。
「今からそれ食べるの?」
「なんか、クリーム食べたいの」
「じゃあ、ケーキにしなよ」
「ケーキって気分じゃないの」
「よくわかんないな」
こんな普通な会話さえ、つい半年前まではできなかったよね。
夫婦……になれたんだ。私達。
部屋に戻って、慶太はカップうどんを作って食べ始めた。見てると、ちょっと食べたくなるのが、インスタント麺の不思議なところよね。この、ダシの匂いかな?
「ちょっとちょうだい」
「アゲはダメだからな」
あら。意外と、ケチなのね。
そういえば、昔よく将吾と二人でこうやって、うどんとかラーメンとか、分けて食べたっけ……
東京に出てきたころは、ほんとにお金がなくて、食べるのが精一杯で、でも、幸せだった。
それまでの最低な生活に比べたら、将吾との新しい生活は、ほんとに穏やかで、あったかくて、幸せだった。
幸せ……幸せだったんだ……私……
「久しぶりに食べた」
「俺はよく食ってるからなぁ」
「いつ? お昼?」
「昼は食べに行くけど、夜中は、だいたいカップ麺かな」
そっか……慶太は、夜中でも呼び出されたらすぐに行かなきゃいけないんだもんね……そういう時は、こういうの食べてるんだ。
「お弁当、つくろっか?」
「いいよ、そんなの。だいたい、食べれないことの方が多いから」
慶太はそう言って、アゲを口に入れて、アチッ! だって。
「ケチなこと言うから、バチが当たったのね」
「なんだよ、じゃあ、ちょっと食べていいよ、アゲ」
思わず、笑っちゃった。二人で、こんな風に、笑えるようになったんだね。
最近思う。
慶太のこと、なんにも知らない 。
慶太がほんとはどんな仕事してるのかとか、友達とか、好きな芸能人とか……趣味とか、あるのかな。
そんなこと、聞いたこともない。考えたこともなかった。
「甘いもの、好きだっけ?」
「時々、無性に食べたくなるの」
そう、慶太もきっと、私のこと、そんなに知らないよね。
だって、半年前までは、口もきかずにいたんだもん。
二十年間、一緒に暮らしながら、私達は、お互いの顔も見ずに生きて来たんだもん。
「一口、いい?」
「一口、だよ」
慶太は結構クリームを押して……えっ? それ、一口?
「甘!」
「もう、クリームばっか食べた!」
「いいじゃん」
「口にクリーム、ついてるし」
「とって」
若い頃、付き合ってた頃、こんなこと、しなかったよね、私達。
買い物と、セックスと……それだけ、だったね……